流れ星うさこ



 ■ ナントカ町のとある洋菓子店で、【うさこ】がおやつを選んでいる。

 店内は瀟洒だった。店主の色濃く出ているんだな。うさこはめいっぱい息を吸い込んだ。おいしい、甘い香りがする。うさこの体まで甘いお菓子になってしまいそうだ。そうしたら、どうなるだろう。うさこは想像する。うさこもこの洋菓子店の店頭に並んでしまったり、あるいはうさこのキュートなお顔が剥製みたくなって壁にかけられたりしてしまうんだろうか。いやん、うさこ、こわーい。

 うさこはお気に入りのマドレーヌとひとくちバウムをいくつか籠に入れて、それからあてもなく、店内をぐるぐる回った。どれもおいしそうだ。この世界には、とてもひとりでは食べつくせない量のスイーツがあるみたい。
 洋菓子店をぐるぐる回ることにも飽きて、うさこはレジでお会計を済ませることにした。籠のなかの焼き菓子を数えて、レジ打ちの女の子が金額を言った。うさこはズボンのポケットから多量の小銭をじゃらじゃらと出して、清算台の上で、それをのんびりと数えた。うさこの滑らかな指先が、木製のカウンターの上をするすると滑る。レジ打ちの女の子は気まずそうにうさこの手元を目で追ったり、天井の木目を眺めたりしながら時が過ぎるのを待った。

「あの」
 紙袋をぱたぱたと広げながら、アルバイトの女の子がうさこに話し掛けた。アルバイトの女の子は続けた。「いつもこの時間に来ますよね」
「うん!」うさこは頷いた。「おやつに食べたいから、この時間にくるんだよ」
「それ以外の時間は、何してるんですか」レジ打ちの女の子のくりくりな瞳が、うさこの凛々とした瞳を見た。彼女はうさこに多少興味があるようだったが、うさこの頭の中はお菓子のことでいっぱいだった。

「えーとね」うさこは小銭をポケットにしまいながら、斜め上を見て考えてみた。うさこは、今日これまで、、いったいなにをしただろうか。皆目わからない。二、三瞬きをした後で、うさこは口を開いた。「うさこは、いっつものんびりしてるから、それだけだよ」
「うさこ?」レジ打ちの女の子の眉が歪んだ。
「うさこっていうのは、僕」うさこはポケットから出した手で、自分を指さした。
「うさこさんっていうんだ。それって、苗字なんですか?それとも名前?」
「わかんないけど、たぶん、名前だよ。うさこって印鑑、もってないもん。」
「そうなんですねえ、へえ、うさこってかわいい、あ、これ、来月から利用できるクーポンなんですけど、ご一緒にお入れしてもいいですか。」
「うん、いいよ。うーんといれて」
 洋菓子店を出たうさこは、半ば踊るようにして町中を歩いた。途中の信号を渡ろうとしたら、向こうから救急車がピポピポやってきたので、道を譲る。おっきい車ってやっぱりかっこいい。救急車を見上げていたら、太陽がすこぶる眩しいことに気が付いたので、頭にのせていたサングラスを着用。うさこ、この前お引っ越したんだけど、前の人の忘れ物かな。引き出しにサングラスが入ってたんだ。だから今はうさこが使ってる。お気に入りなの。うさこはいつも持ち物に名前を書くんだけど、サングラスに名前を書くのはちょっと手こずった。耳にかけるところを針で削ってみたら、なんとか読めるくらいにはなったけど。

 そうこうしているうちに、うさこは公園へたどり着いた。うさこはベンチにちょこんと腰掛け、洋菓子店の紙袋を開けた。中を漁ってみるが、サングラスをかけているせいで色の違いがわからない。うさこはまた頭の上にサングラスを乗せた。なのに!うさこが下を向いたせいでまたずり落ちてきた。上を向いたほうがいいのは、歩いてる時だけじゃないんだ。うさこはサングラスを畳んで袋に入れると、かわりにいちごバウムを救出した。

 いちごバウムの袋は、手でちぎろうとしてもビヨンと伸びる素材で開けにくいったらありゃしない。こういう時、みんなならどうする?うさこはね、歯で開けちゃうんだ。手で少し綻びを作ったところから歯を入れたら簡単に開けられるからね。開け口はあんまりきれいじゃないけど、バウムが潰れちゃうよりずっと良いから。
「うわ、怒ってるウサギみたい」
 って、ヨリトモにはよく言われるんだけど。ヨリトモ、なんか最近歯磨きすると血が出てくるんだよね〜って言ってたから、うさこのたくましい前歯に嫉妬してるのかも。
「なあ、うさこ、オレにもお菓子、なんかちょうだい」
 え、と思って横を見てみると、いつの間にかヨリトモが座っていた。さっきうさこのこと『怒ってるウサギみたい』って言ったのは、うさこの記憶の中のヨリトモじゃなくて、ホントのホントに、うさこの隣に座ってるヨリトモだったんだ。とろんと丸い目とか、ぼさぼさの黒い髪とか、ヨリトモのまんまだもん。うさこ、全然気が付かなかったよ!

「…これは、うさこのお菓子だからやだ」
「えー、うさこってケチ」
「違うもん、うさこのお菓子だからうさこが食べるんだもん」
 うさこがむきになると、ヨリトモは「そっかー」と言って引き下がった。あんまり本気でもなかったみたいだった。そういや、ヨリトモがかっかしてるのって見たことがない。めちゃくちゃ笑ったり、泣いたりしてるのも、同じくらい見たことがないけど。
「そういえば、オレここ来るときにちらっと見たんだけど、子供、小学校入るか入らないくらいかな、それと車が、ぶつかったらしー」
 うさこがいちごバウムを食べるのを横目に、ヨリトモが言った。
「僕さっき、救急車通るのみた」うさこはなんとか答えたが、バウムを飲み込んだばかりで口の中がモソモソしていた。
「じゃあそれかもなあ」
 ヨリトモの口調はまったりで、まるで交通事故の話なんてしてないみたいだった。
「みんな無事だといいねえ」
「その、子供とか、車乗ってる人とかも心配だけどさ、なんかオレ、親御さんは心が痛いだろうなとか、そっちをめっちゃ考えちゃうよ」
「親かあ」
 口ではそう言いながら、うさこには思い浮かべる顔がなかった。しいて言うなら、隣に住んでるちょっと怖い男の人の顔が思い浮かんだくらい。うさこはバウムを食べる手を止めると、紙袋を見て、ヨリトモを見て、バウムを見た。
「ヨリトモの苗字って、岡江だよね」バウムを見たまま、うさこは訊いた。
「そうだけど」
「それどうやって決めたの」
「えー、なんか先祖とかが勝手に決めたんじゃね」
 ヨリトモにも先祖なんているのか。そういえばそうだ。ふと、ヨリトモの顔を見てみると、ヨリトモの親やその親、そのまたずっと先の親の顔が、もわんもわんと順に見えてくるような気がした。いろんな奇跡が集まって今のヨリトモがいることがとても尊く思えた。でも、その奇跡の結果がヨリトモだなんて、あんまりだけど。
「そこに入ってるうさこのお菓子、ちょっと食べてもいいよ」
「え、まじか、なんか怖いんだけど」そう言いながらも、ヨリトモは紙袋の中身を漁った。ほとんど同じのしか入ってないじゃん!と文句をたれつつも、適当な焼き菓子を見つけてきてばくばくと食べる。うさこのおなかがいっぱいになってきそうなくらいの食べっぷりだった。
うさこもバウムの続きを食べようとして、でも食べる気になれなくて、そっと手を下した。「今日ね、うさこの苗字聞かれたんだけど、わかんなかったの」
「まあそういうこともあるよ、苗字欲しいの?」
「うん、というか、印鑑が欲しい」
「じゃあ適当に決めてはんこ屋で作ればいいよ」とヨリトモが進言すると、うさこはうーんと言って考え始めた。「まあ結婚するのもありだけど」と付け加えたのは、うさこには聞こえてないようだった。

 苗字ってどうやって決めるのがいいだろう。うさこは空を見上げてみた。とってもいい天気だ。ヨリトモが喜びそうなくらい。夜の公園は素敵だって本で読んだけど、昼にしか来たことがない。きっと星空が見えるんだろう。僕、星って夜にしかないのかと思ってたけど、昼は明るいから見えないだけでずっと輝いてるんだって。誰が教えてくれたんだっけ。そうだ、隣に住んでる怖い人が言ってたんだ。
「流れ星とかがいいなあ」
「いいじゃん、みんなびっくりするよそれ」
「だよね!」
 うさこは手の中に残ったバウムを一気に平らげると、ぱっぱとふとももに落ちたバウムのかけらを払って、立っていそいそと帰り支度を始めた。
「え、もう帰んの」ヨリトモはちょうど、二つ目の焼き菓子を食べようと紙袋を漁っていたところだったので、変な体制のまま驚いて、うさこの動きをただ見ている。
「うん、うさこはすぐ帰るよ」
 うさこは、それ返して、とヨリトモの持っていた紙袋を奪い、中にしまっていたサングラスをかけた。公園を立ち去る前に、まだベンチに座ったままのヨリトモを振り返って言う。

「だからね、うさこがいるうちに三回お願い事しなきゃだめってことっ」


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