琥珀色の月



 午後八時くらいに、食堂でかき氷が配られていて、つい列に並んじゃった。四人ぐらいが交代で氷を削ってるみたいだったんだけど、僕はちょうどうぇる兄がその担当をしている時に順番を迎えたので、おまけしてようと駄々をこねてみたら、思ったより山盛りに器に氷を入れてもらっちゃった。シロップやトッピングはセルフで行うらしくて、自分でどばどばとブルーハワイシロップをかけたんだけど、真っ白い氷がまぶしいくらいに青く染まっていくのを見ながら、これは食べきれないかもな、と焦っていた。
 こういう時、フールはいつもちょうどいいところにいる。食堂を出てすぐの廊下を見渡してみると、フールが窓辺にたたずんでいた。かき氷の器を右手に持って、左手で彼女の肩を叩く。むっ、と振り向いた彼女に、かき氷と僕の顔とを二度見された。
「貴方、欲張りすぎじゃないですか? 子どもじゃあるまいし」
「違うんだって。ねえ、ちょっと、半分くらい食べてくれない? とか言っても食べないかあ」
「リコットさんに全部食べられちゃうとか、このかき氷がかわいそうなので食べてあげますよ」
「マジ〜? ありがとう」
 食堂はかき氷を食べてる人でいっぱいだったけど、一階のラウンジは人がいなかったから、ふたりでそこを陣取った。ローテーブルをはさむように置かれた、食べ物を食べるにはやけにふかふかなソファに向かい合わせに座って、山盛りのブルーハワイかき氷と対峙する。
 スプーンが一個しかなくて、先にフールに渡した。しゃく、しゃく、と、静かなラウンジに氷の山を崩す音が響く。僕はあんまりすることがないので、すぐ横にある大きな窓から夜空を眺めてみた。月はない。当たり前だ、今日の昼には、西の空に見えていた。月は地平線の向こうですでに息を潜めている。黒々とした窓に、フールの横顔が映っていて、綺麗だな、って、ちょっと思う。あんまり実像を見ていると怒るから、こうやって、どこかに映っているフールの顔しかあまり見たことがない。その虚像はいつもぼんやりとしていて、さらりとした髪の質感とか、たまに見せてくれるような気がする柔らかい目とか、そういう、彼女に関する細かい記憶が、ところどころ抜け落ちて、欠けている、気がする。
「昼の月を見てるとさ、あたし、フールのことを思い出すんだ」
「ええ、あたし、昼の月が好きとか言ったことありました?」
「ないよ。ただ、フールみたいだねって」
 なんか癪だな、みたいな顔をしながら、フールはかき氷をスプーンですくった。僕は今、フールが頭の中で考えているであろうことについて思いを馳せる。
 ――そんな、昼の月があたしみたいとか、意味わかんないんですけど。詩人気取りですか? リコットさんには向いてないと思いますけど、詩人とか。言葉のセンスが悪すぎるし。
 大体こんなところだろうか。でも、答え合わせなんて、できっこないんだよなあ。僕は窓を見るのをやめて、じっと、本当の彼女の琥珀色の瞳に見入る。この瞳は、昼の半月っていうよりは、夜の満月だよね。そうやって目を合わせようとしていると、ふい、とフールに横を向かれて、ああ、小さな月はどこかに消えちゃった。
「でも、昼の月が好きって言ってくれたら、その理由でフールのこと思い出してあげてもいいよ」
「なんで上から目線なんです? 嫌ですけど」
 予想していたよりも熱心にかき氷を食べていた彼女が、その手を止めた。ずい、と、目の前にスプーンを差し出される。ピントを銀色のスプーンに思わず合わせると、フールを含む周りの世界が一瞬でぼやける。
「昼の月なんか、嫌いですよ」
「どうして?」
「貴方があたしに似てるって言ったから」
 やっと、彼女の手から、スプーンを手に取る。フールの細い手が、すっと彼女の膝に戻った。彼女はいつもの薄ら笑いを浮かべずに、つん、と澄ましていた。そういう、きみの新しい表情を見るのが、好きなんだよ。
「僕は好きだけどねえ」
「はあ、あたしがいつ貴方の感想を聞いたんですか。手の付けられないバカですね」
 べ、とフールが突き出した舌は、昼空のように青く染まっていた。月が綺麗だね、とか、そういう月並みな表現では満足できなくて、僕は笑って青い山を崩すしかなかった。

texture: 世界は君を愛さない/ Suiren様

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