じゅわじゅわ、ばち、ぶくぶく。様々な音と香りが混じり合う場所──キッチンにて、オレとリィはじっとフライパンを眺めていた。そう、オレたちはいま、めだまやきを作っている。朝から、当番でもないのに。もちろん朝ごはんは用意されていて充分にあるのだが、なんだかもうひとつ欲しくなって。何かないかなと冷蔵庫を開け、やたらいっぱい詰まれているたまごを見つけて、今に至る。(リィの声にビビってたまごひとつ落としたのは黙っといてくれ)
 そうしてなんとか準備を済ませ、やっとのことでフライパンに火をつける。リィがうすく油を引いて、熱気を感じ始めたころにオレがたまごをふたつ落とす。ちなみにだが、殻はちゃんとしっかり入った。リィが「水をつけて取るとかんたんに取れるんだよ!」と教えてくれたからすぐに取れたけど。
 その後、薄く水を張ってカチャッと蓋を被せる。ぶわっと一気にくもった隙間から、たまごが水を弾きながら次第によく見る固形の形に変わっていくのが見える。透明からだんだんと白色に。その様子がちょっとおもしろくて、オレはじっと眺め続ける。
 けれど、それだけでは満足しなかったらしいリィは、大きくおさげを揺らしてオレの方を向いた。

 「ね、クザトくん」
 「ん?」
 「クザトくんはめだまやき、やわらかいのとかたいの、どっちがすき?」

 リィがあたまを振るたびに耳下あたりで結ばれた髪があっちへこっちへと揺れる。それを反射的に目で追いかけつつ、 先程の質問を頭で噛みくだいていく。
 めだまやき、半熟かかた焼き、か。こういう好みを答える二択の質問ってどきどきするよなあ。たけのこときのこみたいに戦争が起きたらこわいし。たぶんそれは、普段やってる戦争とは比べ物にならないくらいもっとヤバい。と思う。
 そんな思考が顔にも現れていたのか、しゅんと眉を下げたリィがくん、とオレの袖を引いた。

 「…ぁえ、あ、ごめん」
 「ううん、わたしも答えにくい質問しちゃったから…」
 「や、ちがくて!オレが全然ちげーこと考えてた」 

 思わずリィの手にオレの手を重ね、ぶんぶんと首を振る。完全にオレが悪いんだから、リィにそんな顔させたくない。その一心であわあわと口を動かす様子に、リィが「大丈夫だよ」と少し笑った。年下にあやされてる大人、の構図が恥ずかしくて、ぐっと唇を噛む。
 やっぱりオレ、だめだ。リィといると緊張して、変に思われたくなくて、余計に空回る。

 「わたしはやわらかい方がすき、かなあ。クザトくんは?」
 「…あ、オレは…かた焼きのが好きだな」
 「そっか、わかれちゃったね」

 ふむふむとリィが頷く。そっか、やわらかいのが好きなのか。確かにそう考えるとリィが固くてパッサリしたものを食べてるとこ、あんま見たことねー気がする。いつももちもちしたものをもちもちと食ってるイメージだ。だからほっぺもあんなもちもちなのか、なるほどな。

 「──あ、ってことは、わたしのが先にできちゃう!」

 水がはねる音も落ち着いてきた頃、ふとリィが思い出したように声を上げた。蓋についた水滴も驚いたのか、オレの肩と水が一緒に跳ねる。なんだ、何かあったのか?ぱちりと合った視線に首を傾げると、リィは両手を頬に当てながら悩ましげな表情を見せる。すん、とパープルの瞳が俯いた。
 どうやらリィのが先に完成することに気付いたらしい。べつに全然なんとも思ってなかったのだが、リィにとっては大事?なことのようだ。

 「ん、いや、かたまる前に食べとけよ」
 「だめだよ、」

 オレが少し、ほんの少しだけ大人の余裕を見せるように伝えると、ぷるぷるとリィはすぐに首を振った。やだやだと駄々をこねるみたいに。珍しくだめ、と意思表示したリィは少し不満げな顔だ。また困らせてしまったのだろうか。かっこつけとかそっちのけで顔を覗き込もうとするオレを遮るように、静かに、けれど凛とした声が通る。

 「クザトくんといっしょに食べたいから」

 ぽわん。リィの頬が赤らむ。ぎゅむっときつく閉ざされた唇は更に赤みを増す。全体に赤みを持ったリィは、オレを見上げてそう告げたのだ。
 オレはまさかそんなことを言われると思わなくて、驚きで、言葉が。で、ない。「ぅ、…あ…おう…」とか、意味の分からない言葉ばっか、ろくな言葉も発せなくて。何が大人の余裕だ。少しもとり繕えず、伝染したようにじゅわりと顔を赤らめるしかできないオレが恥ずかしい。
 そんなオレを見てか、パッと顔を逸らしたリィはおもむろにフライパンの蓋を外す。ぶわっとたちこめる湯気。湯気も感じないほどオレの顔は熱いらしい。ぐり、っと擦り付けるように拳を口許に寄せた。その合間にリィはフライ返しで程よく白くなったたまごやきを皿に移す。もう一度蓋をして、両手でたまごの乗った皿を持ったリィとオレの目が合う。じわりと潤んだ視界に透き通るような紫が混ざる。 

 「クザトくんの、できるまで待ってるから。…いっしょに食べよう、ね」

 ふにゃり。そう言わざるを得ない笑顔を見せたリィは、そのまま言い逃げるようにパタパタと走り去っていく。
 待ってと声をかける間もなく、だんだんと小さくなっていく背中にぴよぴよとはねるおさげ。ああ、もうオレ、だめかもしんない。

 「___……リィ、すき」

 微かな嗚咽と共に流れ落ちた愛。ぎち、と締めあげられていたむ心臓が、こんなにも愛おしい。じわじわと熱を持ったやわらかな想いが、たしかにそこでばちばちと焦がれていた。





TOP

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -