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 今からキスをしようと思う。瞳を閉じているロゼの顔が近づく。ロゼの睫毛の色は、ロゼの髪色よりも少し濃いむらさき色だ。ロゼの睫毛が揺れるたび、二重の線が時折うっすらと確認できて、それがロゼの垂れた瞳を思い起こさせた。ありきたりな言葉だが、綺麗だな、と思う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 おれはロゼの肩を掴んで、自分からぐいと引き離した。なんだかこわくなるくらい薄い肩だ。ロゼが不思議そうに目をぱちくりとした。「なにか、おかしかったですか」
「いや、ちが、…そういうのじゃないんだ、そういうのじゃなくて」
 ロゼの肩から腕へ、手の平をすべらせる。ロゼのブラウスの袖はつるりとしていて、滑り落ちるおれの手に合わせてぽふんとへこんだ。流れるままにロゼの手を握る。彼女の指はひんやりとしていた。沈黙が流れる。ああ、ロゼの顔が見れない。良い顔をしていないということは分かる。当たり前だ。
「ウェルさん、?」先に沈黙を破ったのはロゼだった。おれが息を吸うと、握っているロゼの手に力がこもった。「なんだか、」

「…なんだか、最近、キスを、しすぎなのではないかと思っ、て」
「はい………はい、え?」
 こんなことを言って、今、ロゼは一体どんな顔をしているだろう。彼女の顔を見やると、本当に何を言っているのかわからないというような、或いはそんなことを言ったおれを訝しむような顔をしていた。…気不味い。頬があつくなって、おれは忽ちふかふかのソファに沈んでしまいそうなここちになった。やっぱり彼女の顔が見れない。
「だ、だって、おれたちの初めてのキスを思い出してほしい」
「はあ、はじめての」

 はじめての…はじめてのキス。それは11月の小春日和、貫くような青い空の日で、ロゼとピアノを練習する部屋で交わした、ちょんと触れるだけのさわやかなキス。ずんずんと痛い胸の鼓動。今日と同じ、ロゼの濃い睫毛と垂れた二重幅____

「こう、連日、キス…をするたびに、あの時の感じを忘れてしまいそうで、それがなんだか」
「?、…なるほど」
 ロゼと唇を重ねるたびに、そうして幸せになるたびに、その幸福に“慣れていく”自分が怖かった。ロゼとキスをすることがだんだん日常になってきて、なんだかそれがロゼとの永い思い出をないがしろにしているみたいで、そういう自分になってしまうのは、とても恐ろしいことだ。

 おれの肩がびくりと震えた。ロゼがおれの頬に触れたからだった。ロゼとおれの距離が、ずり、と近づく。「では、」
「では、今日がはじめてだと思ってキスしてみるのがどうですか」
「それは、どういう意味だ」………そのままの意味か。ロゼに触れられていると、思考回路が正常に働かないみたいだ。
「ウェルさんの台詞からですよ、『……なあ、キスしよう』って」
「……それを蒸し返すのは反則だろう」
 おれはロゼの頬に触れた。ロゼが目を閉じる。胸の鼓動がいつもに増して早い。今から、君とキスをしようと思う。

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