すぐ、そばに


__ 前略、今私は買い出しに出ています。時折回ってくる役割で、面倒だと思われる方も多いようですが、私自身はそこまで苦にしたことはありません。こういうことも必要だと思います。…けど、毎回ペアの方がいなくなってしまわれるのは些か困りますね。ランダムではないのでしょうか。今日は、どなたでしたっけ…。


少し眉を顰めたシスイが館を出、一切の迷いなく街へと向かっている。かつりかつりと足音が響く。彼女にとっては、きっとすべきことは変わらないのだろう。暫く経つと目標の場所が見えてくる。それなりに大きな街。その分人混みも多いが、大抵の物はここで揃うので、基本的には買い出しには便利な場所とされている。シスイはしまっていたメモを取り出すとさっと目を通す。

「 …何故、よりにもよって 」

不思議そうな声と共に一瞬、歩みが止まる。目を細めてもう一度視線がメモへといく。首をやや傾げながら再度読み返す。『 砂糖 いつものやつ 二袋 』。歩き出しながら、思考を巡らせる。砂糖は昨日、誰かがお菓子を作っていた。あの時はかなり、多く残っていたように記憶していた。訝しげな表情がすぅと瞳に映る。一体どれだけ使ったのだろうか。まさかひっくり返したのだろうか。京飴の彼女は今朝は見受けていなかったけれど。それに、『いつもの砂糖』の店舗は街の一番奥だ。勿論行ったこともある。これは、当分歩かなければならないだろう。…だが、シスイはふるりと首を振る。一番目にこれが書いてあるなら、これを買いに行かなければ。かつかつと一歩ずつ歩を進める。


▽ ▲ ▽


「 はい、ありがと〜ございました〜 」
「 いえ、こちらこそ 」

砂糖を手に入れ店から出てくる人影。言わずもがな、シスイ。メモを片手に見ながら一直線に次の店舗へと向かう。それが今、彼女のすべきことだから。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ前だけを見据えて。

だから気づかなかった。



__ カフェテラスで食事をしている男女二人に。明るい茶髪の青年と、暗い緑髪の少女の存在に。向かい合う二人は多少の違いはあるものの互いに笑顔を浮かべており、真っ白な皿に乗せられたケーキを美味しそうに頬張っている。誰が見ても、幸せそうな彼氏と彼女に思えるだろう。

「 ねえ、リクお兄様 」
「 …二人っきりだよ、寧ちゃん 」

 へら、とした笑顔を向けながら少女がうっとりと呟く。甘そうなケーキを口にしながら青年がふわりと言葉を返す。目を細めてふふ、と笑った。あまりにも、幸福と言える空気が、風が、そこに流れていた。

「 そう…ですね。リクさん。 」



最近、リクお兄様があたしを見てくれている。あたしがそう勝手に思ってるだけかもしれないけど。勿論彼はあんな感じの人で、この前も別のお姉様にしつこく話しかけたりしていた。両手に花なんて言葉があるけど、それを言えばあの人は両手に花束だ。抱えきれないほど大きな花束を。綺麗な花だけ寄せ集めてにこにこと眺めてる無責任な人間。とうとう見初められてしまった、とでも言うのかもしれない。…あの人から見たあたしは、ただの造花。周りの人たちに、いやあたしに、都合良く造り出された、幻影の女の子。けど、だから何?例え造花でも、美しく咲いているなら、そして誰かにあたしとして見て貰えるなら、あたしはそれで良い。全然、構わない。造花にだって、命はある。生きようとするエネルギーがある。彼に見て貰えるそのあたしに、価値なんてなんにもないのかも知れないけれど。ただ少なくとも、今彼は、確実にあたしを“あたし”として認識してくれている。それがあたしにとっては何より大切。そう、思う。だからあたしは、知らないふりをする。あたしもまた、花束に混ぜられていることを。あたしの代わりなんて、…いくらでもいることを。

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