タイトル


さて皆々様今宵は満月。孤狼が吠えれば月も綺麗に輝き、静かに夜闇を照らすでしょう__。


なーんてご挨拶はさておきまして〜。こんにちは!わたし、ルピナス。ご存知の通りの吸血鬼でー、陽の光の元では生きられない体質なの。わたしはいつもカーテンを閉めている窓を見た。さっきから雨がざあざあと降っているのがちらりと見えた。座っていたゆらゆらと揺れる安楽いすから飛び降りてしゃーっとカーテンを閉めた。明かりはちゃんとしてるから、暗くなりすぎることはない。そうだね、雨の日とか曇りの日は昼も外に出ていけるんだけど、それもいつ終わるのか分からないんだぁ。雨がざあざあ降ってるからるんるんで買い出しを引き受けても、気が付いたらだいたい館に帰り着く前に止んじゃっててたりする。わたしは椅子に飛び乗った。ぶん、といすがゆれる。反動で体が動く。それでねぇ、○○ちゃん、誰も気が付かないうちに雨の音が風に紛れちゃったらね、もう走らなきゃだめ。分かる?分かるかなぁ。体験したことあれば分かると思うんだけど、その時にはもうねぇ、お空の雲は撤退し始めてるの。わたしは目を閉じて想像する。たちまちわたしと目の前の○○ちゃんはわたしのお部屋からは居なくなって、灰色のお空の下に下り立つ。わたしが上を見上げるとほら、わたしを護ってくれてた灰色のベールが徐々に破れて解れていく。その綻びを目ざとく見つけて、天敵の太陽がその光を地面に擲ったらもう…おしまい。あっという間に陽光が蔓延って、わたしは声をあげる間もなく溶けて消えちゃうの。嘘だと思う? わたしが首を傾げて、わたしたちはお部屋に戻ってきた。くすりと笑う。まあ、○○ちゃんの好きに考えてよ。

ああ…でもね、これは嘘じゃない、わたし、虹って見たことないの。…あははっ、その顔、さては信じてないねぇ?ほんとほんと。虹って何かは知ってるよ〜?空に掛かって、こう…七色に光る橋みたいなのでしょ。お空のことが載ってる本に、あったもの。絵でも見た。とっても綺麗で、なんだろう、…見惚れちゃった。憧れちゃったの。困ったよねえ。太陽がないと存在出来ないモノに、太陽がいると存在出来ないモノが憧れちゃうなんて。…ううん、大丈夫。わたしも分かってるよ、でも写真とかじゃなくていつか、本物が見てみたいんだ。ごめんね、○○ちゃんにはどうしようもないのにさ、…なんて言ったら感じ悪い?かな、うん…。あ、もうそんな時間?分かった、じゃあバイバイね、またね!今日はありがとう!わたしは手を振ってその子を見送った。扉を閉めてから一息つく。あんまり言おうと思ってないことまで喋っちゃったなあ。わたしには、いつもふと思い出しちゃう話がある。もう誰も聞いてないのはわかってる。聞かせちゃいけないのも分かってる。それでも、時々思い出しては語らずにはいられないわたしとあの子とのお話。…ごめんね。


ーーー


その日はどしゃ降りだった。これが八月の真夏日だったりしたらわたしも身構えたけど、まだ六月の始め。梅雨明けなんて先の先、つまりこの雨はわたしが帰るまでずーっと降っててくれるはずだった。だからころっと油断して、わたしは余裕でお買い物をしてゆったりと館に帰ろうとしていた。ぴしゃぴしゃと水溜まりの水が跳ねる音を心地好く思いながら歩いていた。お隣を歩くシンイちゃんを横目で見ていたら、道を間違えたのか知らない路地に入ってしまった。とにかく近くの…店舗テント、だっけ?に二人で入り一息ついた。思わずレジ袋を確かめたけれど、やばそうな…いわゆる生物は入ってなかった。なんだかんだ一袋押し付けるのに成功していたのを思い出してシンイちゃんの方も覗いたけど、急ぎのものは何も入っていない。ひとまずそれは大丈夫みたい。…だけど、とわたしはまた考えた。このまま雨が止んじゃったら?夜まで待てれば良いけど、銀の匙戦争の前には帰らないと心配されちゃう。おろおろと慌てるわたしを他所にシンイちゃんの機嫌はどんどん悪くなってきたように見えるし、ああ、なんてこと、雨が弱まってきた。わたしが絶望感に苛まれ右も左も分からなくてきょろきょろしている間にもどんどん雲は消えていって、とうとう晴れてきてしまった。屋根の下とはいえ、太陽の光が全部遮れるわけもなく__初めて直視した陽光が眩しくてきゅ、と目を瞑った。目の前がちかちかして焦点が定まらない。うぅ、まぶしい…。いや、いや、それよりも。わたしは自分の身体を見る。はっきりと、光が当たっている。わたしはそれを知っていた。本当はこんなことしても死なないって。本当は暑い日でも大丈夫だって。本当は、本当は、本当は…


ぱしっ。



え?、唐突に “ シンイくん ” がわたしの手を取った。とった、というにはそれはあまりにも乱暴で、鷲掴みにして握った、というのが正しいかもしれない。あまりにもいきなりでびっくりして手を振りほどこうとしたけれど、シンイくんは離してくれずまたわたしの力では到底引き離せそうになかった。そのままずかずか歩いて行ってしまう彼についていくしかないみたいだ。普段よりも少し速く歩く彼には、引き摺られないようにするのが精一杯。まして暑いなら尚更。流れ落ちる汗を拭うこともままならずにどんどん前へと進んでしまう彼。あちらこちら曲がっているが、道は分かっているのだろうか。適当に進んでいるだけなのだろうか。いずれにしろ、 “ 吸血鬼 ” であったわたしについて何も言わないでいてくれたことは有り難いとしか言いようがない。ありがとう。


「 ね、ねえ、ここどこだか分かってる? 」

「 あぁ?分かってるわけねえだろ 」

「 そうだよね… 」


それでも気になるから恐る恐る聞くと、すぐさまシンイくんの怒った声が飛んできた。思わずびくりと身体を震わせる。振り向いては貰えなかった。前を見つめ続け足を止めないシンイくんの様子を窺おうと一歩早く足を出したら、ふと足を止めた彼にぶつかりかけた。相変わらず表情は見えないけれど、ぶっきらぼうながらもその口から零れた言葉は優しく響いた。


「 ……良いかお前、虹ってのは太陽の反対側に出来るんだ 」

「 …え、? 」


指差されるままに前を見ると太陽がきらきらと輝いていて、その光はわたしの体と心にぐさぐさと刺さった。そっと胸を抑えるわたしをよそにシンイくんはその指した手を振り向きながら後ろに回す。釣られてわたしも振り向くとそこには、…大きな大きな虹が掛かっていた。今まで本で見た、どの写真よりも綺麗。感動ではっと息を呑む。


「 きれい…。覚えてて、くれたの? 」


そう。数日前にわたしは昼食時に「 虹を見てみたい 」と言っていたのだ。そりゃあ近くで食べていたし、わたしも何度か繰り返したけれどまさか覚えていて見せてくれようとするだなんて夢にも思ったりしなかった。胸がいっぱいで何も言えなくなっているわたしに、つんけんした声が降りかかる。


「 は?たまたまだし…つーか帰れねェの困るんだけど、どーすンだよ 」

「 うっ…… 」

 
軽く流されてしまった。それは良いが、彼の言う通りこのままではいけない。もう一度絶望感に駆られたわたしが、虹の手前に見た、それ __


ーーー


…え?それがなんだったか、って?まあまあ。それは別に良いでしょ〜?読者の皆さんも気にしたいことじゃあないはず。この通りわたしとシンイちゃんは無事に帰れたわけだし、これでハッピーエンドでしょう?わたしは確かにあの夏が恋しい。忘れられない想いがある。それだけで良い。他はもう何も気にしなくて良いの。これでみんな幸せなんだから。


わたしが吸血鬼であるか、もね。


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