ケーキも愛も半分こ


賑やかな館内が、ふと鐘の音に遮られ静けさをもたらした。音はニ回。午後ニ時を報せる鐘だった。住人の中でも銀の匙戦争に特に身を入れている者達は、既に神経を鋭らせている頃。…勿論、そんなことには全く気付かずに昼下がりのゆったりとした時間を楽しむ者も多くいるのだが。そう、彼女…アンジュのように。アンジュ…以下ジュジュは、テラスの丸テーブルにクレープを数個ぽんぽんと乗せた皿を置いて先ほどからずっと頬張り続けていた。小さなテーブルいっぱいを埋め尽くす大皿は小洒落た紋様が描かれており、彼女の唯一のお気に入りであった。クレープがどんどんとジュジュの口へと吸い込まれて行っても尚、それによる甘いふんわりとした香りは空気に溶け込み館を旅した。

その微かで儚い旅人に、偶然出会った者がいた。彼はその香りを認めると、自身の黒い耳をぴんと立てて目を閉じた。そしてゆっくりと、しかし確実に香りの発生源…ここで言うテラスへ近付いて行くのだった。そう、彼とはココ。特に誰に会うともなく廊下をふらついていた所を、旅人…もとい香りに捕まったのである。ココはそうしてテラスへと真っ直ぐ進み、とうとうガラス張りの扉をやや乱暴に開いた。そして、先客の存在を認めるとそのまま扉に凭れてしまった。甘いあまいクレープ。彼にとってはかなり好きな食べ物である。その香りに誘われここまでやって来たというのに、いざ来て彼が見たものは満腹そうな女子一人と空の皿だけなのだった。普段なら包み隠さない感情も、交錯する現在ではひたすらな寡黙を呼ぶのみだった。

「 お前、クレープ…っ 」
「 んー?あっ、よく分かったねあんた! そうだよ、クレープ食べてたんだ〜 」

明らかに落胆した声でココが声をかけるも、ジュジュは気付かない明るい様子でクリームの付いた手を振る。しかし、尚動かないココのあまりの落ち込みように不安を煽られたのか、首を少し傾げて困った声でおそるおそる訊ねた。

「 な、なに…どうしちゃったのよ 」

それを聞いてココが顔をやや上げたが、目が合うあたりでふいと逸らしてしまった。それを見たジュジュは更にどぎまぎして、きょろきょろと周りを見回した後に指の先のクリームを一気に舐めるとばっと立ち上がった。そして二、三歩ココとの距離を詰め、両手を広げて口早に言う。

「 ほ、ほら、ごめんって…クレープならまたいっぱい買ってくるからさ!そん時に一緒に食べよ、ね、ね? 」

それを聞いて少し反応を見せた…猫耳がまたぴくりとしたのである…ココに、ジュジュが心底嬉しそうな笑顔で続ける。

「 だよね、ココも良いと思うよね!、そうだ、買いに行くのも一緒が良いよ!いつもはモネを引き摺るんだけどさ、あの子も最近疲れてそうだし、うん、ね? 」

瞳を夏の太陽のように輝かせながら、ぐいぐいとココに近付くジュジュ。寒がりとはいえ暑さに弱い猫は、だんだんと太陽の熱と光にに気圧されて行く。数歩ずつ追い詰められ、自身の手で閉めたガラス張りの扉まで下がった所で項垂れた。意味を成さないか細い声を上げながら瞳をそっと閉じる。ココの頬を汗が伝う。自分が勝手に来た身であること、目の前の女子をあまりにも一度落ち込ませてしまったことからの罪悪感がくるくると踊る。

「 …ッ、 」

ココがぐいと顔を上げてジュジュを見た。重なった視線を大事にするようにジュジュがうっとりと見返す。ココがあからさまに眉を顰めたが、何も言わなかった。

「 ……今、暇 」
「 っおんなじ!、行っちゃおっか! 」
「 戦争は 」
「 いーよそんなの!行こ! 」

ややあった後にぼそりとココが呟いた言葉を発端に、ジュジュはココの手を引いた。そのままテラスと皿を後にして駆け出した。ココは驚きの表情を見せながらも、されるがままについて行っている。途中数人とすれ違ったが、声を掛けられようとどちらも見向きもしない。館を飛び出し、道を走り、繁華街に入り、洒落た店へ転がり込んだ。その間にたくさんの光景が目まぐるしく踊り、二人の瞳に飛び込んで来た。まっしぐらにジュジュが目指したその店は、こじんまりとしつつも趣があるように思えた。

「 いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか? 」
「 んー、どうしよ!いつも全部美味しそうで迷っちゃうのよね!ココ、どれがいい? 」

小綺麗に身なりを愛想の良さそうな女性の店員が二人を出迎えた。ジュジュが嬉々として言葉を返し、ココの方を向いて顔を近付けるとココが少し頬を染めてぐいと体を引く。そんなやりとりを見て店員がくすりとした。

「 あらあらアンジュちゃん、とうとう彼氏連れて来たの?私にも何か言ってよ、驚いちゃったわ 」

「 んな…っ!? 」
「 や、やだなあ!ちがうよ、ココは友達で…ねえ? 」
「 あ、ぅあ、…ああ 」

明らかに予想外な返答だったのだろう。はっきりと慌てた様子の二人に店員は楽しそうに笑いながら、手際よく色々な種類のクレープを箱詰めし始めた。

「 うんうん、分かったわ。じゃああんまり邪魔しちゃ悪いでしょう?ぱっぱと適当に詰めちゃうわね。 」

「 っ……!! 」

だからそんなんじゃ、と言いかけてジュジュはきゅ、と言葉を呑み込んだ。理由は分からない。なんとなく、かもしれない。しかし、それ以上言葉が出て来なかったのだ。隣ではココが訝しげな目を向けていた。そうこうするうちに、店員が箱を袋に入れてレジのキーを叩き出した。

「 ○○ポルンでございます。いつもと同じにしておいたわ 」
「 あ!はーい、えーっと…どうぞ! 」
「 お預かりします。うん、ぴったりですね…はい、レシートです、ありがとうございました 」

店員はこくりと頷くと、二人が上の空に店を出るのを見送った。完全に見えなくなるまで待つと、カウンターに頬杖を突く。

「 あの子も恋の季節なのねえ… 」

その笑顔は楽しそうであり、寂しそうでもあり、幸せそうであった。


ーーー


館に帰った二人は、先程のテラスに出てクレープの箱を開いた。先に覗き込んだジュジュがあ、と声をあげた。

「 ちょっと見てよこれ、ねえ 」
「 ……… 」

箱の一番上に乗っていたのは、大きなハート型のケーキだった。ショーウィンドウにでかでかと飾られていたホールケーキの列に並ぶものだ。見た目はショートケーキと同じで非常にシンプルだが、中にはフルーツが詰められているケーキだった。勿論値も張る代物で、彼女のサービスとしては大きすぎるものであった。しかしジュジュはそんなこと微塵も考えていないようだった。

「 美味しそー!ココ、ナイフ取って来てよ。このへんをこう…真っ直ぐ切って半分こして食べよ! 」
「 な…おれが行かなくても良いだろ、つーか…… 」

「 うん? 」

「 いや……… 」

つんけんした態度のココだったが、一瞬言葉を詰まらせるとふいとそっぽを向いた。ジュジュがどうしたのー?と訊ねても睨んで終わりだった。しょうがないなあ!とジュジュがキッチンに行った。ココの心臓は早鐘を打っていた。

そのハート、切らなくちゃいけないのかよ。

その言葉は、どうしても声にならなかったのであろう。今は、まだ。


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