甘く脆い未来へ


すれ違っているようで、
それは不器用に重なる甘い感情。


ーーー

紅茶一派が敗けた。

…なんて軽そうに言ってみるけど、内心が穏やかじゃないのは言うまでもない。どこをどうするべきだったのか、急いで今日の悪かった点を洗い出して改善に向かいたいと思ってはいる。ただ敗けたという事実にうちひしがれて、思考が回らないのだ。きっと気のせいなんだろうけど、頭上できらきらと照った太陽でさえ、今は僕を嘲笑っているようにしか思えない。夕暮れも顔を覗かせる午後、少し顔を上げると太陽光が肯定するかのようにいたずらに目に飛び込んで来た。眩しくて思わず片手を出して隠した。そのまま目を逸らしてからまた思いを馳せようとした矢先、僕の後ろから声が聞こえてきた。

「 あの…リコットさん 」
「 ひな、い、さん_どうした、んです…? 」

振り向けば彼女_雛伊さん_がいて、突然のことに慌てて言葉に詰まってしまう。舌っ足らずな言葉をそれでもどうにか繋ぐと、居たたまれなさそうに視線を避けられた。…こういう雰囲気は苦手だ。とにかく座りませんかと声を掛け、自分が座っていたテラスのベンチに空きを作って軽く叩いた。苛立ち紛れだったし別に良かったけど、雛伊さんはどこか寂しそうにゆるりと、しかしはっきりと首を振って踵を返して歩いて行ってしまった。 一体彼女は何をしに来たのだろう。わざわざ名指しをされたということは、僕に用事があったんだと思う。だとしたら。………慰めに、?

……他人のことなら慰めても良いけど、僕が慰められるのは嫌い。下に見られてる感じがするし、なんの解決にもならないじゃん。とりわけ今回は、戦争に於いても日常生活に於いても敵の雛伊さんに慰められても、苛立って惨めになるだけだろう。つらいだけ。雛伊さん、それが分かってて来たのかな。今度は上手く太陽光を隠しながら、もう一度顔を上げた。指の隙間からいじわるにも漏れてくる光に目を細めた。光が当たっている部分だけ、冬の冷たさを割って入ったあたたかさが感じられた。 …違う気がする。雛伊さん、つんけんしてるけど性格悪いわけじゃないし。やっぱり、なにかあってわざわざ来たんだ。目を閉じて、さっきの彼女を思い返してみる。が、すぐに首を振ってイメージを振り払った。雛伊さんを追い返したのは僕だ。僕のせいだ。謝り_たくはない、絶対に嫌…だけど…後で、用件くらいは聞かなきゃ、なあ…。様々な感情、そして溜め息を吐き出すと共に、4時を知らせる鐘が鳴った。


ーーー


「 ……、、 」

夜、10時の鐘が鳴ったのは少し前。それから既に十分ほどとある扉の前でやきもきして困っている娘がいた。ずっと辺りをちらちら見回したり2、3歩下がってみたり。言うまでもなくリコットである。

……そろそろ、もうそろそろ、覚悟を決めなきゃ。自分でもありありと分かるくらい弱々しくノックをすると、声を出した。

「 ……雛伊さん、あの… 」
「 …リコットさん、ですか? 少々お待ち下さい、いま開けますね 」

明らかに困惑した彼女の声がした。珍しく自分の身体が緊張で固まっている。目の前の扉が開くまでの時間は、まるで丸一日ほどに感じられた。かたりと物音がした。

「 こん、ばんは… 」
「 こんばんはリコットさん。どうしたのですか? 」
「 っ、あの、えっと…… 」

雛伊さん、さっきのことは覚えていないのだろうか? わざわざ来たのは僕なのに、こんな所で詰まっては申し訳ない。そう思って視線をあちこちに動かしていると、ただならぬ雰囲気を感じ取ってくれたのか、雛伊さんが「 とにかく、入りますか? 」と仰ってくれた。お言葉に甘えて雛伊さんの自室に入れて頂き、ベッドに横並びで座った。少し距離が近い気がする。きっと気のせいなんだろう。

「 ……どうしました? 」

「 、あの…夕暮れ時、どうして、いらしたのかなって…いえあの、理由とか特になければ大丈夫なんですけど、 」

顔が火照っている気がする。心臓も鳴っている気がする。緊張し過ぎだと自分でも思う。雛伊さんの表情にやや変化がみられたかに思えた。笑いを堪えているように見えなくもなかった。分からない。彼女のことは、分からない。

「 あ…あの、もうすぐ、バレンタイン、…でしょう? 」

「 え、……あ、はい 」

「 ですから、今年は何を配ろうかなと思いまして…みなさんに伺っていたのです、が…やはり、時を誤った様でしたので、 」

「 ああ……、。 」

そういう、ことか。僕はそっと目を伏せた。彼女はかなり律儀だし、確かに再来週はバレンタインだ。毎年恒例の義理チョコでさえ、雛伊さんは被りやアレルギーがないように確認して回っているのだ。なんてご苦労様なことだろう。それでわざわざテラスにまで来たのだ。なんだか呆れたような、感心したような感情をため息と共に吐き出す。負けた後、僕の機嫌が悪いと承知でやって来るなんてねえ。そこまでするかなあと思ったら、笑ってしまった。即座に雛伊さんに嫌な顔をされてしまう。

「 …何です? 」

「 ……いいえ? ただ、あなたの考えることは分からないなあ、って。僕は何でも構いませんよ? 」

「 わたくしにはわたくしの考えが御座いますので。…お話はそれだけですか? 」

「 ええ。じゃ、ありがとうございました〜、お邪魔しました 」

わざとらしいくらいにっこりとして、僕はそれだけ言うと半ば強制的に会話を止め、くるりとターンしてつかつかとその場を後にした。別に機嫌が悪くなった訳じゃない。雛伊さんと喋りたくなくなったということでもない。ただ、何とはなしにそわそわした。落ち着かなくなって、まるでこれ以上行ってはいけないとでも言うかのように体が反応してしまったのだ。僕は特にアレルギーを持ってはいないが、もし持っていたらこんな気分になるのかもしれない。もしくは、僕は。…そんなことを思ったりしていたら、足は自然と自室に向かっていた。逆らう理由もないのでそのまま任せ、自室に入るなり鍵も掛けずにベッドに身を投げた。すぐに起き上がるつもりでいたのだけど、結局布団の魔力と睡魔に完敗して眠りに堕ちた。後悔したのは、頭痛の中で周りの騒ぎ声に起こされた翌朝になってからだった。


ーーー


「 お邪魔しました。 」

そこまで言うと、リコットさんは行ってしまわれた。彼女に笑われたことで、咄嗟に寂しそうな表情をしてしまったかも、しれない。とはいえ、それを気にしていても仕方がない。わたくしは机上に戻ると、先程の予期しない来客に急いで棚へと仕舞った小さめの手帳を両手でそっと取り出し、開いた。薄紅の手帳の頁には、万年筆での自分の字が整然と並んでいた。一番上には大きめに「 今年のバレンタインデー 」と記されている。やはり片仮名は他の文字より歪んでいる。自身の外来語の疎さに少し眉を顰めた。えっと、先程はどこまで書き進めていただろうか。そう考えながら、頁をひたすら目と指で追っていく。「 全員にお渡しする物 」違う。「 仲の良い方々へ 」まだ。そこからさらに何頁か捲ったところで、指をぴたりと止めた。

「 彼女へ 」……ああ。せめて、もう少しお話が伺えれば。折角廻ってきた機会を、無下にしてしまった。毎年の行事では、相手の方の好みに合った物を贈りたいと思って、皆さんのお話を欠かさずに伺ってきた。今年もそれは変わらない。変えたくない。…ある一人を除いては。 …毎年、自分の質問に対する彼女の仰る言葉は、驚くほどに変わらない。「 何でも良い 」。正直なところ、それが贈る側にとって一番困る返答。とはいえ、他にもそのような事を仰る方はいらっしゃるし、どうせ彼女もわたくしを困らせたいのだろうと結局無難な物をお渡ししていた。しかし今年はそういう訳にもいかない。いかない、のだ。もう一度聞こうにも、いつも敵対視されている彼女にそんなことをすれば一瞬で何かあると悟られてしまうだろう。それも出来ない。周りの方にお話を伺っても同じことだろう。わたくしは前途の多難さを悟って、痛む頭を抱えた。


ーーー


数日後。書斎にてリコットと雛伊がすれ違った。互いに避け合うように歩き去った為本人たちは気付いていなかったが、もしちらりとでも確認すれば「 バレンタインに渡すお菓子の選び方 」という全く同じ題名を読むことが出来ただろう。


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