夏に留まれ


 横を通りがかった、とある家の庭のひまわりが枯れていた。じきに夏が終わるらしい。そんなの分かってる。けどまだ青空の端っこには入道雲が住み着いているし、日光にさらされている部分の肌はじりじりと暑い。夏が終わる予感は足元を見ればたくさん転がってるのに、夏は続きそうな顔ばかりする。
 夏日の中、リクの後をついていく。リクがおれと行きたい場所があるって言った。どこかは教えてもらえなかった。さっき、電車に何駅か揺られて、駅を降りて、ここまで歩いてきた。リクはスマホを見て道を確認することなく、すらすらと足を進めていく。おれは暑さに既に半分くらいやられていて、足取りが重い。
「なあ、あとどのくらい歩く?」
「あと、あの踏切超えたらちょっと」
 リクが道の向こうを指差した。たしかに、向こうに踏切が見える。あそこくらいまでなら歩ける。リクの足取りが一向に読めなくて、あと三キロくらい歩くのかと思った。
 おれとリクは歩く。おれが、リクの後ろをついて歩く。夏を歩く。もうじき終わる夏を。
 リクが立ち止まって、おれもつられて立ち止まった。踏切まで着いたのだが、踏切が降りていて足を止めたのだ。カンカンカン、と警告音が響いて、特に何か言葉を交わすわけでもないおれとリクの間がなんとか埋まる。
 おれは半歩後ろからリクを見上げた。どこに行くんだろう。リクはこれからどこに行くんだ。おれはどこへ行くんだ。考えたってわからないことばかりが湧いてくる。それらを吹き飛ばすように、ごうごうと熱風を切りわけて電車が目の前に表れた。風圧にリクの着ている半そでのシャツの裾がはためいて、シャツの影に、リクの白い二の腕が見えた。夏に蝕まれていない、夏を知らない二の腕が。あの二の腕を抱けば、離さなければ、夏はここに留まるのだろうか。
 電車が全部通り抜けていって、踏切の警告音が止んだ。静けさが戻る。踏切がゆっくりと上がっていく。リクが歩き出そうと半歩踏み出した。おれは思わず「なあ」と声でリクを引き止めた。
「何?」
 リクはまた立ち止まって、笑って振り向いた。いつもと同じ微笑みだ。でも、夏日がいやになるほどリクに差していて、もう、だめだと思った。リクは夏にいたままなんだ、って。
「なんでも、ねえ」
 そっか、とリクは歩き出して、おれも何も言わずについてった。踏切を越えたところのすぐ脇の家の庭でも、ひまわりが枯れていた。


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