熱情の草いきれ


「夏はきらいなんだよねえ」
 太陽は毎日ぎらぎらしていて、ニュースの天気予報はいつも「今週も高気圧がここらへんにずっと居座ってですね」とかなんとか言っていて、洗濯物はよく乾くけれど風になびくことはなく、屋外ではただただじりじりと高い日の光が肌を刺し、熱気ばかりを含んだ空気が無風の空間にあぐらをかいて動かない。ここの夏はそういう夏だから、仕方ない。とはいえ、「暑い暑い言うたらほんまに暑うなるねんでえ、寒い寒い言うとき」なんて主張する都さんのようにはあたしはこの暑さが乗り切れなくて、それはレイさんも同じみたいだった。いや、絶対、同じ。だっていつも、口を開いた一言目は「あついよう〜、やんなっちゃう」だもん!
 ところが今日、こうやってお庭仕事の合間、木陰に屈んで一休みしていたレイさんの零した言葉はそうじゃなかった。夏はきらい、なんだよねえ。隣り合って座るあたしたちの回りの草がざわりと揺れた。その彼女の横顔は真っ直ぐ前のお庭を見ていた。いつもの楽しげ!でるるるん!なレイさんというよりは、なんとなく大人っぽいような感じのレイさんという気がした。
「るるるんってことが起きても、そう元気でいられなくなっちゃう」
 そう言うと彼女は水筒の水を一口飲んだ。レイさんが水筒を傾けると、じとりと汗ばんだ空気をまとった黒髪がぶわりと揺れた。あたしはなんとなくそれから目を逸らすべきな気がして、自分のマグボトルをちょっと開けて緩めたり閉めたりしていらった。
「暑いですもんネ」
「ね、やっぱりしゃとちーもそうだよね!あつい、」
 レイさん風に言うとぐでぐでーんという顔をしながら、レイさんは手でぱたぱたと顔を仰ぐ。あたしもぱたり、と一度だけ顔を仰いでみた。微風が起こった。本当に、微風。空気が「動いた」という気配だけがこちらに来る、みたいな。
 木陰の中にいるのにこれだけの暑さ。あたしも少し溜息をついて、体育座りで抱えた膝に頭をもたげつつレイさんの方を見やった。レイさんの瞳って綺麗ですよね。ぱっちぱちですもん。そう顔をじいと見つめていると、通った鼻筋にじわりと汗が滲んでいるのがわかった。不意に、強く香る、むせるような草の香りがあたしの鼻を満たした。レイさんも、そう?あたしはなんとなく、息が詰まった。周りの空気がじっとりして吸い辛いような、そんな感じ。
「レイさーん……」
 あたしは我慢できなくて、絞り出すように声を出した。レイさんは少し遠くを見つめるのをやめて、やっとこちらを向いた。
「なあに?」
 にこりとレイさんは笑った。その肩にあたしは頭をもたげた。レイさんのかおり、草のかおり、そしてわずかにあたしのかおり。あたしはわざと大きく息を吸って、吐いた。自分からしたことなのに、なんでやったのか、なんでこんなに顔と胸の辺りが熱いのかわからなかった。なんでかと一瞬考えたけど、だって夏だから、と思いついたあたしはすぐに考えるのをやめた。だって夏だから。その便利な言葉にすべての理由を投げやると、草いきれもなんとなく吸い込みやすくなった。
「今日もあつい、ね」
 レイさんが何事も起きてないかのように穏やかな声で言った。あたしはそれに安心した。小さく息を吸い込んで吐く。
「あついとヤになっちゃいますか」
「そうでもないかも」
 あは、と耳元でレイさんがわらった。あたしが頭を近づけているのだから、当たり前だけど。
 草に照りつける日光は依然、強かった。あたしはふふ、と息を漏らした。

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