みどりの夏


 わたくしは、都さんは意外と夏が好きなんだろうと思っている。暑すぎて生きてられないとか、台所で火使いたくないとか、何でもやる気をなくしてしまうって言った後、「はよう夏終わらへんかなあ」って苦笑いしているけれど、「夏やなあ」って遠くを見ているときの目は、たしかにくっきりと夏のみどりを映している。その目は綺麗で、思わずみとれてしまう。
「夏やなあ」
 麦藁帽子にタオルを持ち、日よけのアームカバーをつけた都さんとばったり廊下で会った。暑い外だけれど庭弄りに出るらしくて、わたくしも日傘を持ってついて行った。都さんは事前に土だけにしておいたらしい花壇の一角にコスモスの種を蒔いた。わたくしはそれを横で屈んでただ眺めていた。静かなふたりの間を、夏草の茂る方から生ぬるい風が通り抜ける。都さんは種に土を被せていたスコップを置き、風にじんわりとにじむ汗を拭きながらそう、呟いた。わたくしは熱風に少し浮いたように揺らぐ日傘を持ち直して答える。
「暑いですものね」
「でもこの子らが花咲かせる頃には、涼しくなってるんやろねえ」
 口元を緩ませて、麦藁帽子の影に包まれた都さんの瞳は花壇の土を映している。その向こうに夏の碧を見ているんだろう。
「うちは、そういうところも含めて夏やなあ、って、思うんやわあ――なあ、雛伊ちゃん」
 雛伊ちゃん、とわたくしの名前を呼んだ割には、土をスコップでぺちぺちしたままこちらに顔を向けてはくれなかった。わたくしは日傘をちょっとゆらゆらさせてみる。またぬるい風が吹いた。暑さにやや火照っている頬に張り付きそうになびく髪が鬱陶しくて、耳の裏に押し込む。都さんの麦藁帽子も端だけがゆらりと風に浮いたけれど、都さん自身はゆるりとした笑みを崩さずに、秋を待つ夏の地面とただただ向き合っている。
「都さんって、結構夏がお好きですよね」
 自分でもなんでかわからないけれど、ちょっといじけていたのかもしれない。そういう声音だった。少し驚いたように、都さんが手をとめて顔をあげた。短いみどりの黒髪が弾むように揺れる。ちょっとよくわからない、という風に翠眉すいびが小さく下がったけれど、都さんははは、と笑った。
「まあ、そうかもしれへん、なあ」
 わたくしは俯いた。ちょっと困ったような笑みと言葉を向けられて、心の奥がもぞ、とする。変なこと言うんじゃ、なかったわ。視線を落とした先の地面では、ただただ一匹の蟻が花壇を区切るレンガの横をちょこまかせっせ、歩いている。
 口を噤んだままでいると、不意に都さんが立った。わたくしは思わず見上げる。くらくらしそうに眩しい太陽が都さんの頭上のすぐそこにあって、麦藁帽子を被っている都さんの顔をくっきりとした影に覆わせている。顔がよく見えない。
「ジョウロ取ってくるわな」
 都さんは短くそう言ったのと同時に歩き出した。涼しげなワンピースの裾を生ぬるい風に揺らして、こちらを振り返らずに軽く手を振った。わたくしはその背中を追いかけられずに、日傘を持つ手が緩まって、がたんと日傘がバランスを崩して地面に転げた。日の光が黒髪に容赦なく差してきた。碧の草たちに跳ね返ってくる日光も浴びた。
 暫くそのまま日傘を拾えないままでいた。夏がきらいに、なりそうだ。

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