Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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 なんだか変な感じ、と吐きだしたため息は春風に溶けた。広々としたテラスにはこの季節には勿体無いくらいの春風が吹いている。わたしの部屋は夏になるとほとんど風が吹かないから、春に吹く強い風はなんだか新鮮なような感じがする。別に今の気候だったら風なんてなくても大丈夫なのにね、なんだかもったいない。春風って瓶にでも入れて取っておけないものなのかな___ほらまた、風が吹いた。体温よりも少し冷たいくらいの風は、わたしの着てる淡いピンク色のワンピースの裾を揺らす。あーあ、ピンク色のワンピースも、堅苦しいこの場所もなんだか落ち着かない。全然るるるんってしないっていうか。だけど、今日という日が晴れて本当に良かった。上を見上げると、空は絵に描いたような快晴。それだけは、まあ、良かったかな。

 だって、今日はお兄ちゃんの結婚式の日。ほら、結婚式では白とか黒のワンピースって着れないでしょう。だからわたしも今日はめずらしくピンクのワンピースを着てる。お兄ちゃんから結婚相手を紹介された時は、それは結構嬉しくて、今日まで結構るるるんってこの日を待ってきた。それでいよいよ当日、お兄ちゃんもそのお嫁さんも幸せそうで、わたしもなんだか幸せな気分になったりもした。
 __だけど、なんだか居心地が悪くて抜け出して来ちゃった。今は式は終わって、みんなでわいわいご飯食べたりしてるところだけど、だとしても妹のわたしがその場に居るべきなのはわかってる。なんか、寂しいというか、虚しいというか…んー、そういうんじゃなくって、なんて言うんだろう。もっと複雑な気持ち。まあいいや、とにかくるるるんって感じじゃないってこと。今日はお兄ちゃんともなんだかあんまり目合わせられなかったし。それで、仕方ないからテラスでこうやってぼーっとしてる。何分くらいかな。時計は持ってないからわかんないけど。ガラス越しで聞こえないけれど、中で結構わいわい盛り上がってる感じはなんとなく伝わってくる。まあ、こうしてひとり春風に当たりながら物思いにふけるのも、それはそれで悪くないんじゃないかな。


「 レイちゃん 」
 突然、がらがらと引き戸が開く音がして、足音がこちらに近づいてきた。それが誰だか、振り返らなくてもわかる。
「 …りく、 」
「 中でみんなケーキ食べてるよ 」
 レイちゃんの分も持ってきたから、とリクは深緑色のガーデンテーブルに二つお皿を置いて、近くにあった同じ色の椅子を引っ張ってきて座った。それと同時に、座ってよとわたしに目配せをしてきたから、わたしもリクの向かいに座った。
「 …ありがと 」
 端の方に金色の縁が入った白いお皿を手にとって、ケーキをフォークで一口サイズに切り分ける。白い生クリームの上に赤いイチゴの乗った。ごく普通のショートケーキ。
 食べようとフォークを口に運んだところで、リクからの視線を感じて手を止める。リクは自分のケーキは端に避けて、頬杖をついてただこちらを見つめていた。こうやって近くで見てみると、今日のリクはやっぱりいつもよりしっかりした服装をしているし、なにより前髪をあげてるから、目元がよく見えて、かっこいい。ような気がする。
「 …なに 」
「 どう? 」
「 まだ食べてないけど 」

 気づかないうちに自分がリクの顔を見ていたことに気づいて、慌てて目を逸らした。誤魔化すようにひとくち目のケーキを口に運ぶ。
「 ケーキじゃなくて、今日のことなんだけど……って、は 」
「 ……あまくない 」
 自分でも全然なんでだかわかんないけど、気づけばわたしの目からは涙がぽろぽろ溢れていた。自分でもそれが涙とわからないほどに、自然に。
 別にそれほどケーキがあまくなかったからとかそんなんじゃないけど、このケーキはあまくなかった。こんなに甘くないケーキは初めてだと思った。わかんないけど、わかんないんだけど……
 ふと気づけば、リクはなぜかわたしの隣にいた。わたしがぽろぽろ泣いてる間に、椅子を動かして隣に来たのかもしれない。そして優しくわたしの髪を梳かしながら、その蒼い瞳でわたしの顔を覗き込んで、こう聞いた。__さみしい?

「 ……わかんない、 」
「 そっか 」
 リクはわたしの髪からそっと手を離すと、そのままゆったりとした動作で空を見上げた。なんだか名残惜しいような感じがして、思わずリクの横顔を見つめる。
「 __綺麗だったよね、花嫁 」
「 …、うん 」
 だなんて、そのままリクが急に話し出すからびっくりして、思わず言葉が一瞬喉につっかかる。
「 真っ白なドレス着てさ 」
「 うん 」
「 …でも 」
 リクが突然こちらに振り返る。コバルトブルーの瞳にわたしが映って、水面に映ったみたいに、一瞬綺麗に揺れる。
「 僕とレイちゃんの結婚式の時には、レイちゃんには黒いウエディングドレスを着てもらいたいな、なんて 」

「 …なんで 」
「 なんでって、好きでしょ、黒 」
「 好きだけど…てか、なんでりくと結婚すること前提なの 」
 わたしがむす、と頬を膨らませると、リクはおかしそうに笑った。笑ったときの口元から覗く八重歯は、なんだかちょっとお兄ちゃんと似てるかも、なんておかしなことが一瞬頭をよぎる。
「 …違う? 」
 リクがわたしの頭に手を伸ばすと、しだいにリクの顔が近づく。キス、されるんだな__そう思ったら、なんだか自然に目を閉じていた。
 一瞬、くちびるにやわらかい感触がして、離れる。リクの匂いが鼻をかすめたような気がした。甘くて、花の蜜みたいな、香り。ぱちりと目を開けると、まだリクの顔はすぐ近くにあった。リクは優しくわたしの髪を撫でる。ぼやけた視界の中で確かに目が合った。

「 __レイちゃん、かわいい 」
「 なにそれ、やめてよ 」
 わたしがぐい、とリクの体を引き離すと、リクはまたおかしそうに笑って、今度はわたしに抱きつく。そして、耳元でこう、囁いた。
「 みんなのとこ戻るの、やめちゃおっかな 」
 


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