Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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  「フールさんみてみて、ケーキいっぱい買ってきたんだ〜」

 シークさんがケーキを買ってきた。…らしい。
 なんでらしい、がついてるかって、あたしは実際に買っている様子なんて見ていないから分かる訳がないじゃない。そんなの分かるなんて透視能力やエスパーくらいでしょ。
 そんなぶつぶつ天邪鬼はさておき、ケーキを買ってきたのは本当のようだ。あたしに声をかけたシークさんの手には白い四角の箱がひとつ、ふたつ。
 本人が言うには今日のお茶会用のケーキなんだとか。でもあたしは興味なかったし、あっそうですか、とだけ返して部屋を出ようとした。…ん、だけど、シークさんがあたしの腕を掴むから。振り返るしかない。

  「__なんですか、あたしそんなに暇じゃないんですけど?」
  「ふふ、すぐ終わるから大丈夫だよ〜。だってフールさんのだいすきなあまったるいケーキを一緒に食べるだけだから、ね?」

 じとりと細まった瞳にも臆することなくにっこり笑うシークさんは、ゆらりとケーキの箱を揺らした。ああ、そんなに揺らしたらあまったるいケーキが崩れちゃう。仕方なく、仕方なく。ケーキが潰れるなんて可哀想なことはしたくないから、仕方なく!箱を受け取ってあげたの。
 決して「あまったるいケーキ」なんて言葉に釣られたんじゃ、ない。

  「わあ、ここのケーキ屋さん美味しいねえ」

 そう言って、ふにゃり。ゆるゆるに緩みきった笑みを見せたシークさん、とっても美味しそうにショートケーキを頬張った。この緩さから想像もつかないほどの大きなひとくちに吃驚したのは内緒。
 それから、うふふ、とまるで女子会でぶりっ子する女の子みたいに唇に手を当てて、おいしいおいしいと連呼する。煩いけど、まあ無表情よりは悪くないか。
 彼はある程度食べ進めたら、頂上に図々しく聳え立つ苺をころころ転がして皿に落とす。それから、ぐさりと苺を突き刺した。それは先程の行動に似合わなくて、ちょっとドキリとした。だってそれ、まるで、あたしの心臓みたいだったから。シークさんに転がされて、奥深くまでゆっくり差し込まれて。そして最後はシークさんの中でとろとろにとかされていくの。…なんだか、似ている気がしないでもない。
 なんて、意味のわからないあたしの抽象的小話は終わり。目前に置かれたチョコレートケーキに目を向ける。シークさんはショートケーキだけどあたしはチョコレートケーキ。中身はまだ食べてないから分からないけど、上は綺麗にチョコレートでコーティングされている。中身は割らない限り出てきそうにない。そしてその上にはひし形のチョコレートが刺さっていて、見る限りビターっぽそう。あたしの嫌いな、苦味。

  「あたし、ケーキ嫌いなんですよ、本当は」

 あたしはそのチョコレートケーキを口には運ばず、つんとつついてそう告げる。コーティングのチョコはそれで簡単にも傷がついて、次第にぼろぼろと可哀想なことになっていった。撫でつけるようにフォークを押し付け、直そうとしても元には戻らなくて、少しだけ後悔した。どうせ開けるなら綺麗なままで開けたかったかも。そんな弄り回したケーキはもうつまらなくって、フォークを置いたら一度シークさんの方を見た。

  「フールさんは嘘つきさんだね」

 大きくゆっくり瞬きしたシークさんもあたしの方を見て、ゆるく口角を持ち上げた。「嘘つき」なんて、ケーキよりあまったるい声。耳を這いずり回って離れない。追い払うように耳を一撫でしてみても、彼の笑顔は離れない。あたしは心地好いような、むず痒いようなそれから目を離した。

  「本当に嫌いだったら一緒に食べよう、なんて誘ったりしないよ」

 そう言って笑ったシークさんはいつもの幼稚な笑みではなくて、あたしを見透かすような、鋭い、笑み。思わずゾッとした。だって普段緩いひとがそんな顔をしたら誰だって吃驚するでしょ。勿論あたしはそれを顔には出さないけど。

  「随分とあたしを分かった気でいるんですね?」
  「そりゃあね、フールさんは分かりやすいし」

 驚いた。あたしにそんな事を言う人は初めてで、お得意のポーカーフェイスも忘れて目を丸くした。だってあたしって、よく天邪鬼だとか言われるのに。自分でも素直じゃないとは思うけれど。
 それなのにこの人は分かりやすい、だなんて。驚きで丸めた瞳は一変、じんと訝しげな瞳に変わって。

  「意味が分からないんですが、?いったいあたしのどこが分かりやすいんでしょうね」
  「うーん…そうだねえ、まずひとつ言うならフールさんはチョコレートケーキも大好きだよね。あとはそのケーキ、もう食べる気ないでしょ?」

 びくりと動きが止まる。…なんなの、この人。
 告げられたふたつのことは全部当てはまっていて、あたしは思わず眉を顰めた。だってこんな見透かされるなんて、おかしい。異様に長けた彼の洞察力に対抗するようにあたしは心の中をも嘘と本音でごちゃごちゃにした。
 …だって、そうでもしないとあたしの奥底の想いも見透かされていそうで、こわ、い。バレないで、バレないで。あたしはシークさんなんか好きじゃない、きらい、だいきらい。そう心の中で唱えたってシークさんはずっと笑っている。

  「…良かったら食べて欲しいな。そのケーキの感想が欲しくて、フールさんにお願いしたから」

 そう告げたシークさんはあたしのケーキを再度勧めるように、自分のフォークを置いて、前のめりだった姿勢を元に戻した。

  「なんで、あたしなんですか」

 特別な理由なんてない。分かっていたのに聞いてしまった。本当ならここで「あたしじゃなくても他の誰かが〜」とか二言くらい何か言ってやるのに、何故か今は何も出てこなかった。
 そんなあたしのことも露知らず、彼は足を組み直した。上に来ていた左足を下に置いて、右足を乗せる。たったそれだけの動作なのに、それにも目を奪われていて。盲目とは、きっとこのことを言うんだろう。何故かそう確信した。

  「理由は…ふたつ、かな。フールさんがあまったるいお菓子が大好きだからきっと食べてくれると思って。…もうひとつは、女の子、だったから」

 そう聞いたとき、あ、と思った。あまったるいお菓子が好きなのは、まあ、正解。確かにあたしはあまくてあまくて舌先からどろどろと溶けてしまいそうなほどのあまいものがだいすきだ。そこは認めよう。
 けれど、その次に続いた言葉は永遠に聞きたくないものだった。耳を塞ごうとしてももう遅い。シークさんの唇は緩やかに解かれ、愛でるように、心底愛おしいと言わんばかりに空気をあまく震わせた。

  「___きっと彼女、たぴおか、って飲み物の方が好きなんだろうけどね。…少しでも、笑ってほしかったんだ」

 そう言ったシークさんの顔はどこか遠くて、あたしには到底届かないところにあった。彼はここにいるのに、心は彼女に向いている。彼女の為に存在している。そう思わせるほど、憂いた表情。あたしはそれが息苦しくて、固く自分の手首を握った。深海に一瞬で叩き落とされたような、そんな、暗くて苦しい気持ち。
 シークさんはあたしのこと何でも分かるって言ったのに。あたし、それは聞きたくなかった。じっとあたしを見つめるシークさんの瞳は、分からない。相変わらず奥底まで見透かす目をしていた。アプローチの視線合わせだって、もうできない。

  「バカみたい」

 あたしは震える手をそっと動かした。けれどそんな事がバレてはいけない。必死に呼吸を整え、そっと、そっと静かにフォークを取った。それから鉛筆を持つように持ち直して、傷だらけのチョコレートケーキに手を伸ばす。それはこの部屋の温度で溶けかけていたのに、しっかりと固くて、突き刺せばパキリと軽快にコーティングが割れる音がした。
 それから一口分取って、持ち上げる。やっとご対面した中身は、スポンジとチョコクリームでクッションのように敷きつめられ、真ん中にどろどろの生チョコが入っていた。本当なら溶けてなかったのかもしれない。けれど、放って置きすぎたチョコレートはもう溶けて更にまでどくどくと零れさせていた。
 それを、あたしは、口に運んだ。もぐ、と咀嚼する。苦い。苦味しか無かった。甘みなんて一切なくて、舌先でじくりと震える苦味しかそのケーキには存在しなかった。後から甘味が〜、なんてものもなく、ただシンプルな大人の味で終わったそれに、きゅ、と唇を噛んだ。そりゃそうだ、このチョコレートケーキに裏表はないのだから。至ってシンプルな苦味だけ、甘味はない。あたしたちみたいに。

  「……不味いです、ケーキも、シークさんも」

 ああ、本当に、憎らしい。




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