「ほら、外してよ」

 かち、と耳許で金属の擦れる音がした。ひんやりと冷たい指先が、オレが付けたチョーカーに触れたのだ。

 「外すわけねェだろ、吸われねェ為につけてンだからよ」

 早く早くと急かす手を払い除け、だるそうな瞳に睨みをきかす。えー、と面倒そうに眉を下げたアイツはその場に座り込んだ。何かとぶつくさ呟いているその唇の奥には鋭く尖った八重歯が微かに見えて、オレはそっと身を固めた。
 アイツは所謂吸血鬼という種別らしく、それに気付いたのは眠っていたオレに牙を向けたとき。そん時は寝起きだったし何が何だか分からなかったが、首筋に流れる血と赤く染まるアイツの唇で全てを察した記憶がある。生憎オレには怖いなんて思いはなかったし、直後に殴ってやった。そうしたら何を勘違いしたのか、アイツは当たり前の事のようにオレの血を吸うようになったのだ。受け入れてなんかねェのに。
まあそれだけなら暴れてでも逃げればいいだろって思うだろうが、血を欲するアイツの力は半端ない。上手く説明出来ねェけど、ダメだ。アレは無理。早々にオレは逃げることを諦めた。

 …だからこその、今回のチョーカーだ。逃げられないのならそもそもの吸えないようにしたらいい。という訳でいつかに買ったチョーカーを引っ張り出して付けてみたのだ。持ってたものは丁度太さのあるもので、首の半分くらいは覆われている。これならアイツも手出しはできない。そう踏んでアイツに見せつけてみたら、その後は先程の通り。チョーカーを買った時のオレを褒めてやりたい。
 とまあ、そのおかげで吸血も話もないのだからさっさとこの忌々しい屋上から立ち去ってやろうと思った。…のだが、生憎アイツはオレの足の間に座り込んでいる為、クソ邪魔で動くことができない。腰もギリギリ地面についてるかついてないかの危ない体制のせいで立ち上がる力すらあまり入れられない。
 退けよ。そう声をかけてもアイツは知らん振りで髪を耳にかけていた。その髪引きちぎってやろうか。苛立った思考のままそろりと手を伸ばしてみるも、大して驚くこともなく簡単に手を掴まれた。

 「なーに、外してくれる気になった?」
 「…ムカつくから髪引きちぎろうとした、だけ」
 「辞めてよ痛いじゃん」
 「テメェが嫌がるその痛みをこちとら耐えてンだよクソが…」

 理不尽なほどの言い訳に思わずがる、と牙を向いた。ンだよその言い分、オレにはがつがつ噛み付いてきやがるくせに自分は嫌とかワガママ言ってんじゃねェよクソ。シネ。殺す。
平然とした顔を見せるアイツを再度睨みつけるも、どうでもいい事のように無視して掴んだオレの手をオレの首元に持っていく。先の読めない行動にオレは、はア?、と声を漏らした。のもつかの間、ゆるりと顔を上げたアイツは笑っていた。
 びく、と体が揺れた。暗闇の隙間から覗かれた緋色の瞳は恐ろしいほどに紅に、本能に染まっていて、純粋に怖いと思った。異様な肌の白さも際立ってこの世のものとは思えない、人間らしくないさまにじんと汗が滲む。は、と浅く息を吐き出した。一瞬にして空気が薄くなったような気がして、呼吸が浅く繰り返される。どうしようもなく逸らせない視線に頭が揺れそうな感覚が訪れた時、アイツが静かに囁いた。

 「外して」

 ビリリと、舌先が震えた。威圧の掛かったその言葉に選択肢は、ない。ぐ、と息が抑え込まれるような感覚がして、けほ、と少し噎せ返った。アイツは一切の揺れもなくオレを見つめている。それがまた恐ろしくて、オレはもう逃げられないと悟った。不思議と絶望はなかった。
震える手で、チョーカーに触れる。頭ン中では嫌だと言っているのに、指は勝手に留め金を外していた。カチャン、と高い音を立てたのを最後に、真っ黒のそれはずるりと地面に鈍い音を立てて真っ逆さまに落ちる。それを目で追う暇もなく、ふふ、と零された笑みに視線は奪われた。

 「─── いい子」

 そう言って笑ったアイツは晒された首筋を撫で、ぷちりと自身の首元に巻いたタイを外していた。それはオレと同じ黒色で、外れたアイツは妙にスッキリとしていた。オレはそれが何故だか落ち着かなくて、視線を逸らしてしまう。それから一度落ち着かせるように座り直そうと腰を持ち上げたら、急に伸びてきた手がオレの首を掴んで、壁に押し付ける。

 「ッう、……な、ンだよ…!」

 抑え込まれた呼吸とぶつけた頭の鈍痛に反射的に目を瞑る。明らかビビったと言わんばかりの行動がまた相手に余裕を持たせたような感じがして、ばち!と目を開ける。ビビってねェ。今更そう見て聞かせるように開いた先、目前に見えたのは真っ黒の物体。はア!?と驚いた矢先、それはずんずんオレに近付いてきて、もう訳が分からなくなって、またオレは目を閉じた。そうするしかなかった。
 そして訪れたのは、きゅ、と後ろで何かが結ばれる音。何だと目を開けようとしてもその先に広がるのは真っ暗闇。流石のオレでも何も見えないのは不安になる。自然と動いた手は恐らくアイツの手であろうものに絡め取られ、耳許で「大丈夫だよ、隠しただけ」と囁かれる。びくりと大袈裟に揺れたオレを見て、アイツは笑った。気が、する。

 「シンイちゃんは、こっちの方が良いでしょ?」

 まるで今から内緒話でもするかのような、さわりと吸い込まれるような声でアイツは告げた。今から行われる事がさもおぞましいものだと告げられてもいるようで、オレは無意識にアイツの手を固く握っていた。それに気付いたアイツは、同じように握り返す。オレの手の熱が移ったのかと思うほどに、その手は暖かさを滲ませていた。それが溶け込むように熱が繋がっていって、今から危害を加えられる相手だと言うのに、オレはそれに酷く安心感を覚えた。
 そして固く結ばれた手を合図に、じくりと首筋に鋭い熱が広がった。 




TOP

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -