Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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 バスが急停車した。体が前方に投げ出されたと同時に、手元からスマートフォンが滑り落ちる。すぱんと乾いた音がして、スマートフォンについていたクリアケースもその衝撃で外れた。それらを屈んで拾い集めながら、ふとシークは思い出す。駅へ向かう夜のバス、車窓に張り付いた雨水、開いたままの写真アプリ_____。

 初恋というのは誰にとってもとびきり特別だ。初恋を題材にした小説やドラマは数多く存在するし、他の恋に比べて語られることが多い。『はじめての』とつくだけで、その恋がその人にとって他よりも秀でた特別感のあるものに感じられるのだろう。だけれど僕にとって思い出されるのはいつだって、初恋から2番目の人のことだ。
 今となってはほとんど昔のことなのに、それでも今も世界の至る所に君がいる。ポテトチップスの袋、夜のバス、そして、スマートフォンの写真アプリの中。僕がそれらを手に君は風景の一部、あるいは匂い、とにかく実態を伴わないなにかとなって、僕の前に現れる。


 その恋を捨てたのは僕だ。やさしい恋人の部屋を出て行ったのは僕だった。ちらりと振り返った視界の端に見えた君は、今にも泣きだしそうな目でこちらを見つめていた。思えば僕は、一度だって君が泣く姿を見たことがなかった。君はいつもそうして、僕に本当の感情など見せてはくれなかった。どうして。僕のことを信頼していなかったから?君のそういうところが僕はずっと嫌いだった。それだけではない。君のキスはいつも短くて足りないし、すぐに拗ねたり、わがままを言ったり、ヤキモチだって焼く。僕は、君のそういうところが、本当に_____

 本当は、僕が、その部屋を出たのは、僕と一緒にいたくなかったからだ。本当に僕が嫌いだったのは、君のわがままにもヤキモチにも、笑顔で答えてあげられない僕のことだった。君の感情を押し殺させたままでいた僕が大嫌いだった。君のことが大好きだった。嫌いなところの何倍も、好きなところが沢山あった。あの頃の僕にとっての一番好きなものは紛れもなく君だった。…だなんて、今更こんなことを言っても信じてくれないよな。それに、僕は恋人失格だ。君を幸せにするという資格も、好きだという資格も、もう持っていない。きっといつか、別の誰かが君のことを幸せにしてくれるだろう。僕ではない、誰かが、きっと。

 
 そういえば、君の部屋を出て言ったあの夜も、このバスに乗った。駅へ向かうこのバスに。写真アプリを開いて君との写真を削除していたら、その時もバスが急停車して、持っていたスマートフォンを落として、クリアケースが外れた。そして、クリアケースとスマートフォンの間に挟んでいた写真も一緒に落ちてしまったのだ。その写真に写っていたのは、君の部屋と、ポテトチップスを咥えて笑う、君。その時の僕は、写真だけをバスの床に取り残してスマートフォンとクリアケースだけを拾って持ち帰った。今、ふとそれを思いだした。もしかしたら、これがあの時と全く同じバスだったら、拾われないままずっとそこに残っていたら、もしかして___と、僕は屈んでバスの座席の下を一通り見てみたが、やはりそこにはなにもなかった。陳腐な話だが、一度手放したものは、やはりもう2度、元には戻らないのである。



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