ぼうっとする頭、だるい倦怠感で指先ひとつ動かせない身体に舌打ちを零す。精神はまだまだ丈夫なのだろう、視界の端でごそごそと動くアイツに口を開いた。
「お前、いッつも吸いすぎなンだよ」
オレの声に反応したアイツがちらりと此方を向く。こんな状態にさせた張本人はけらりと笑った。
どうやらそいつは吸血鬼、ってやつらしい。自称だし正直信じられなかったが、何度も繰り返される吸血に否が応でも信じる他なかった。そしてオレの何に味を占めたのか、ほぼ毎夜と言っていい程に血を吸われるのだ。
「あはっ、良いじゃん気絶してないんだし」
「だからって動けねェのは困ンだよ、そンくらい気付けやナス女」
バカみたいな考えに苛立ちが募る。アイツだけいい思いしてんのもムカつくしオレとしてもプライド的にクソムカつく。夜になった途端女のアイツが優勢になるなんて、そんなクソッタレなことありゃしない。
まあ、「ナス女」と呼べば此方を恨めしげに睨みつけるアイツは嫌いじゃないけれども。名前だけでも優勢になった気がして少しだけ満たされるから。
「……あークソ、死にてェな…」
会話もなく数分が経ち、軽く手が動かせるようになった頃、ふと浮かんだ思いをぽつりとおとす。小さく呟いたつもりなのに、静かな部屋にはさんと響いた。
「…なんで?」
片付けでもしていたのか、何やら動かしてた手を止めて此方へ向き直るアイツ。オレと同じようにベッドに背を預け、じい、と返事を待つように見つめている。
聞かれた通りに答えるのも癪な気がして黙り込んでやろうかと思ったが、今は深夜。この状況で優勢なのはアイツで。嫌々ながらもゆったりと返してやる。
「……毎回テメェみたいなヤツに負けッからだよ、…色々と」
色々と。そう言い終えると同時に溜息も自然の流れてくる。思い出されるのは部屋に連れ込まれた時。嫌だ嫌だと暴れたって、夜になって本領発揮するアイツには敵わない。押したって噛み返したって最後には抑え込まれてガブリ、なのだ。男としてもオレとしても、毎回プライドをへし折られるのは流石に辛い。
痛みの引いた噛み痕に手を滑らせると、もう痕はきれいさっぱり消えて無くなっていた。それもまた逃げられるような感じがして、柄にもなく狡いと思ってしまった。
「…じゃあ、じゃあ、さ」
暫しの沈黙。聞いといて無視かよ、と文句のひとつでも言ってやろうと思った瞬間響く静かな声。それはか細く微かに響いたのに、聞いた途端ぞわりと背が跳ねた。汗がじわりと滲む感覚、一瞬たりとも気を抜いてはならないような、そんな空気に困惑の色を浮かべた。
何なんだよ、そう言いたい言葉を渡るようにアイツがオレの手を取る。他人の力で動かされる手が、やけに重たい。脱力したままの手にアイツは顔を寄せ、手首に唇を当てた。キスとも呼べないそれに眉を潜めた瞬間、ぶちりと皮膚が突き破れる音がした。
「ッあ…!? な、い、ッてェ…!」
予想だにしていなかった痛みに思わず身体が震える。血が多く流れるそこは特段に痛みが強く、は、と呼吸をする度に血がこぷりと溢れ出す。折角治りかけていた貧血症状がぶり返す感覚にクソ、と悪態をつけば、生理的に込み上げる涙がじわじわ膜を引いた。
それでもアイツは主食である鮮血が流れているにも関わらず、オレを見つめていた。吸うなら吸って早く終わらせて欲しいのに。歪む視界の中で、そっと血に触れたアイツがにたりと笑った。
「じゃあ、わたしがころしてあげようか」
じっとりと絡みつくような、あまい声。脳がぐらぐら揺れたような気分で、ろくな考えができない。毒のようにそれは噛み痕から、耳から、口から入り込んでオレを蝕むようにゆっくりと溶かす。言葉すら朦朧として言えないオレを見て、アイツはまた笑った。毒が回りきる前に食い尽くされそうな気がして、アイツにとっての獲物であるオレは本能のままに目を瞑る。
とっくに治ったはずの痕が、じくりと疼いた。