Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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 あたしは、ずっと、大好きでした。あの子がとってもとっても好きでした、これは本当なんですヨ。



 初めて会った時から、一目見た時から、あの方はとても綺麗でした。なんていうかこう、さらさらと流れて気まぐれな川のような。決して誰も触れないで、一人でゆったりと流れてるような人。
 そんな不思議な人をあたしが放って置くわけもなくて、授業が終わり次第すぐに話しかけました。それはもう、熱烈に。

  「レイちゃん!レイちゃんですよネ、あたし、シャートって言います!仲良くしたいです!」

 ぼう、と一人で窓の外の桜を眺める彼女にそうまくし立てたら、驚いたように目を丸める彼女。思ってたより人間らしくて少しだけ親近感がわいた。

  「あは、やーちのことは知ってるよ〜。朝からずっと笑っててらんらんってするしねえ」
  「ほんとですかー!?嬉しいです!これでオトモダチですネ!」

 頬杖をついて目を細めるレイちゃんはあたしを見つめる。それがなんだか嬉しくって、あたしもにっこりにっこり笑顔を返す。あたしたち、絶対仲良くなれる。なんでか分からないけど、その時はそう感じたのだ。よろしくねと笑いあったレイちゃんはまた桜へと視線を戻した。

 _______



 いつかの放課後。桜も飛び散って緑一面になった夏はとても暑かった。元々体温が低いと言われるあたしでも汗を滲ませるくらいには。今日はアイスでも食べて帰りたいな、なんて思いながらいつも一緒に帰る彼女の席へ視線を向けた。

  「レイちゃん、学校終わりましたネー!一緒に帰り、ま、しょ」

 ビタ、と止まった目線の先には彼女に群がる数人の女。普段の彼女には一切近付いたことの無い人ばかり。一瞬にしてあたしの表情が変わったような気がした。
 きっと恐らく、体育祭関連だろう。つい最近行われた体育祭でレイちゃんは騎馬戦で一位を獲得したのだ。きっと正面衝突でもぎ取ったんじゃなくて、相手を翻弄するような動きを見せたから不思議がって集まっているのだ。ミーハーな子たちだ、きっとそんな理由だろう。レイちゃんはというと、そんな人達にどう対処していいのか分からないようで、両手で牽制しつつもなんとか返答している。
 ……なに、なに、なに?あなたもあなたもあなたも、レイちゃんのことなんか知らんぷりしてたくせに。訳の分からない感情があたしの頭を支配する。複雑に積み上がった感情がどろりと零れ落ちた気分。とにかくざわざわぐるぐるして、気持ちわるい。うえ、と吐き出すような真似をしてみても無駄なだけだった。
 …それからというもの、あたしはレイちゃんと会話という会話をしなかった。あたしは何を言えばいいかわかんなかったから。他愛のない会話だって、今は出来そうになかった。

_______


 夏休みが明けて、学校が始まったと同時にそれも始まりを迎えた。愛おしい友人の席に置かれた花瓶。それは紛れもなく始まりを指していて、流石の彼女もひゅ、と息を滞らせる。相変わらず騒がしい教室は変わらなくて、彼女の周りの空気だけが静かに止まっていた。




  「っやだ、やめてよ…!」

 微かに耳に届いた悲痛な叫びにぱちりと目を開ける。何度か瞬きをして、小さく欠伸。寝ちゃってたんだなあ、窓側の席ってつい寝ちゃうから良くないんですよね。なんとなく言い訳を並べながらそういえば、と声のした方へと視線を向ける。どうやら早速始まったようだ。乱暴に髪を掴まれているレイちゃんを視界に入れると、そのままじいっと眺めてみる。レイちゃん、いつあたしに気付くかな。いーち、にーい、さーん。はーち、と呟いた頃、レイちゃんと目が合った。焦げ茶の瞳は苦痛に濡れていて、どこか捨てられた子犬を連想させられる。
 レイちゃん、目が合ったあたしになんて言うんだろう。高鳴った鼓動に蓋をして、そのまま見つめ返してみる。暫くして、レイちゃんは視線を逸らした。女達に動かされたわけでもなく、レイちゃん自ら、視線を逸らしたのだ。…また、あの時とおなじ気持ちわるい感覚。うえ、とまた吐き出すような真似をしてみても、今度は深く溜まっていくだけでどうにもならなかった。

 あたしの手を取らないと、レイちゃん、ひとりぼっちだよ。早くおいでよ。
 右手がだらり、不自然に揺れ落ちた。


 そんなことが何週間か続いたある日のある授業、眠たくなる先生の朗読のときにそれは起こりました。オトモダチのレイちゃんが立ち上がって、一直線に窓へと向かいました。あたしは訳が分からなくてじいっと眺めていたら、彼女は、あたしをみて笑ったんです。ぞわりと、背筋が栗立ちました。そんな、まさか。あたしが立ち上がると同時に、不揃いのスカートは歪に揺れ落ちた。

 彼女は笑っていました。最後までにっこり、かわいいえがお。そう思った頃には嫌な音が響いていました。ぐちゃりだったか、ぐしゃんだったかはいまとなってはもう分かりません。ほら、あたしの記憶力ってそんなに良くはないので。
 その後に教室中からぎゃあ、だったか、きゃあ、だったか、よく分からない声が聞こえました。落ち着きをなくした教室はもう手の付けようがなくて。

  「なんで、あたしの手を掴まない、のですか」

 あたしたちを焼きつける青空は、笑った気がした。

_______


 それからというもの、あたしの世界は一気に幕を閉じた。何をしたって何を見たって何を聞いたって真っ暗なまま。

 楽しいこともないまま、義務となった帰り道。彼女と寄ったコンビニに寄ることもなく、ぼうっとただただいつもの道を歩んでいく。ゆらり、ゆらり。あたしが揺れる度にもう1人のあたしも揺れている。そのあたしと目を合わせたまま数歩足を前に動かすと、パタリと腹を見せて倒れ込んでいる蝉があたしの頭に被る。あなたが代わりに二度死んでくれたら良かったのに。暑さにやられた頭はなんてことのない、至ってバカみたいな思考を巡らせては蝉を蹴るように足を動かした。

 カンカンカン、と頭に響く音で、は、と顔を上げる。これはいつもの踏切の仕切りが落ちる音、なんでこんな近くで鳴ってるの。そう思ったときにはもう視界の端に電車が薄らと映っていて。今から轢かれるんだ、なんて妙に他人事のように思ってしまった。恐怖は来なかった。ただ、不安だけが残っている。あたしまだ、彼女のお墓にも行けてないのにな。そう思って下げた視線の先で、焦げ茶の瞳と目が合った。

 もう一人のあたしは、もうあたしではなかったのだ。さっぱり短い髪を揺らして、あたしを指さして笑っている。それにあたしは酷く安心して、そっと電車の影に触れた。



 あたしはシアワセだった。だって、レイちゃんは、あたしを見ているんだから。シアワセでしょう、幸せだネ。
 待っててレイちゃん、あたしも、すぐ、



( 二人きりこの儘 し合えるさ )




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