Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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 この世には魔法がある。
 瑠璃は鏡を覗き込んだ。何の飾り気もない、壁にかかったシンプルな木枠の大きめの鏡に映る自分の瞳はピンク色。石鹸の匂いがする、しっかり洗った手でその瞳を触った。ゆらり、瞳は文字通り揺れ動く。瑠璃はそっと、目から指を離した。人差し指にはカラコンがふわりと乗っている。
 瑠璃はほうと息をついて肩の強張りを解いた。何回やっても、コンタクトレンズの付け外しには緊張する。開きっぱなしだった目を潤そうと瞼を閉じると、鏡に映るピンクパープルの髪の自分は目の前からは消えた。ゆっくりと目を開く。左右の瞳の色が違う「少女」が未だそこにいる。
 鏡の中で乾いた笑みを漏らした。魔法が解ける夜が明けるのは、まだ、先。

 朝、目を覚ました。おはようを言う相手はいない。のらりくらりと体を起こし、ぼけえっと背中を掻く。Tシャツの襟元はくたびれていて、そこから腕をつっこむのは容易。口がねばついているのにかわいている。唾にならない唾を飲み込んだ。無機質な灰色の、遮光性の低いカーテンはいつも閉めている。それでも朝日がカーテンの布目をかいくぐってやんわりとした光を部屋に与えていた。今日はどうやら晴れらしい。
 ぽり、と背中を掻き終えるとぐしゃ、と薄いイエローの前髪を掴んだ。あーあ、と心の中で呟く。あーあ。ぱらりぱらりと髪が指先から零れ落ちて、だらんと腕を降ろす。はやく魔法をかけよう、そうすればさよならだ。瑠璃はベッドをするりと抜け出した。
 ウィッグネットをつけて洗顔。化粧水をコットンパフに含ませて顔につける。それを浸透させている間にだいぶ着古した部屋着を脱ぎ捨てて、クローゼットからいつものドレスとパニエ一式を取り出して着替える。それから化粧台に向かう。BBクリーム、フェイスパウダー、アイシャドウ、ビューラー、マスカラ、チーク、リップ。どれもピンクで揃えてある、最強セット。それからウィッグスタンドにおいていたピンクパープルのウィッグ。
 起きてからどのくらい経っただろうか。やっと鏡の中の自分が昨夜、コンタクトを外した自分とそっくりになった。
 あとはピンクのカラコンをつけるだけ。瑠璃は指先にそっとレンズを乗せた。ふと、レンズに小さく描かれたハートと目があった。目があった、という表現はちがうかもしれない。ただ、なんとなく、瑠璃は微笑む。
 そっと指を瞳に近づけて、ぱちりとコンタクトをつける。きゅっと目を2,3秒閉じて、またもう片方の目にもレンズをつけた。
 瑠璃は瞳がピンク色になった目を開いた。鏡に「少女」が映っている。
「おはよう」
 瑠璃がそう言うと、鏡の少女も同じく口を開いた。どちらともなく、ふふ、と笑みを零す。瑠璃はさて、と腰をあげた。さて、みんなにおはようを言いに行こうかな。

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