わたあめがとけるとき


 パァルちゃんと、ショッピング中。あたし、まちの雑踏の中、足を止めた。真横には一軒のお店。通りに面した窓からは、厨房でわたあめをつくる店員さんの姿が見える。わたあめ!わたあめ。あのふわふわのわたあめ、カラフルですっごいかわいいのよ!目を釘付けにされたあたしは、立ち止まったあたしに気づかないで前を進むパァルちゃんの腕を掴む。
「ねえあたし、あのわたあめ食べたいわ」
「え、メルトがアイスクリーム屋に行きたいって言うからマップ開いたんだけど」
「今決めたの!やっぱりわたあめ食べたいの」
 ええー、と彼女は眉をしかめた。綺麗に引いた眉のラインが台無しよ、パァルちゃん。パァルちゃんははあと息を小さくついて、道案内アプリを起動させていたスマホの画面の電源を落としてポケットにすべりこませた。
「……まあ、いいけど?めっちゃかわいいし」
 肩をちょっと竦めて彼女は言った。やったあ、とあたしは軽く飛び跳ねた。

 わたあめ屋にできていた行列は短くはなかったけれど、店の回転ははやく、10分も経たないうちにわたあめが買えた。お店の中にはわたあめやドリンクが食べたり飲んだりできる席もあったけど、満席だったのであたしとパァルちゃんはわたあめは持って食べ歩くことにした。
 手に持つ棒の先にはパステルカラーのふわふわしたかたまりがこんもりと巻きついている。ブルー、ピンク、パープル、イエロー、ホワイト。マーブル状になっていてかわいい。パァルちゃんは写真を撮るとすぐにかぶりついちゃったけど、あたしは中々かぶりつく気になれない。あたしも写真だって撮ったけど、食べるのは勿体無い気がしてしまう。
「ねえメルト、次どこいく?あたし、さっき行った洋服屋で用済んじゃったけど――って、まだ一口も食べてないじゃん」
 いらないの?と、パァルちゃんは首を傾げた。もう彼女の棒には半分ほどしかふわふわのかたまりは残っていない。わたあめの砂糖がついていて舐めたのか、唇がちょっとつやつやしていた。
「勿体無くて食べれないのよ――あたしも、もう用ないかな」
「じゃあもう館帰ろっか、えーと駅はどっち……」
 パァルちゃんがスマホを立ち上げながら、わたあめをかじった。あたしも、じっとわたあめを見つめて、ちょっとかじってみようかなと口元に近づける。うーん。近づけると、ふわふわのかたまりは大きくて、鼻にわたあめの先がついちゃいそうになった。あたしはやっとちょっとだけ、わたあめのさきっぽをかじる。舌にふわふわがまとわりつく。ひとりでにはちぎれなくて、歯でやんわりとふわふわを押しつぶしていく。ふわ、とわたあめの一部が分かれた。じゃりじゃり、というかしゅわしゅわ、というかもわもわ、というか、ふわふわが口の中で唾液と混ざり合いながらとけていった。やがて、跡形もなくわっためは口の中からなくなった。でも、わたあめの片割れは、この手の中にある。
「メルト、こっちこっち」
 なんでか、パァルちゃんの声が後方から聞こえる。あれ、と振り向くと、5歩後ろの曲がり角の向こうにパァルちゃんがこっちに手招きしている。あぶない、ぼけっとしてて曲がりそこねるところだった。
「ごめん!」
 あたしはあまったるくなった口を開いて駆け寄る。ちょこっと口を尖らせたパァルちゃんと一緒に、また歩き出した。
「しっかりしてよう」
「はーい」
「『返事だけはいいわね』って保護者……じゃなかった、ヴァレーニエに言われない?」
「言われる!なんでわかるの」
「パァルちゃんはなんでもお見通し〜」
 わざとらしくパァルちゃんはウインクした。それから、あは、とわたあめをかじった。まるまると棒に巻きついていたパァルちゃんのわたあめは、もうがりがりになっている。かじる、というよりなめとる、と言った方がいいかもしれない。あたしもつられてぱく、とわたあめを二口目、かじった。ふわふわが口で、またとけてなくなった。
「ねえ、パァルちゃん、わたあめって、とけてなくなっちゃうのね」
「えっ、うん……あたりまえじゃない?」
「だって、ごはんとかおかしとか、飲み込むじゃない」
「飲み込んでも結局なくなっちゃうじゃん」
「……たしかにそうだったわ」
「どしたの?やけにセンチメンタルで」
 パァルちゃんがこっちを向いて、訝しげに目線をなげてくる。あたしは2箇所欠けているわたあめのマーブル模様をじっとみつめる。これを食べたら、あったはずのマーブル模様はなくなってしまう、の。
「もしも、だけど――世界中からフォンダンショコラがなくなったらあたしもいなくなるのかなあって思っちゃった」
 歩道の路面と、あたしとパァルちゃんの靴がこつこつ言って、カップルが一組お喋りしながらあたしたちとすれ違って、ぶろろんと排気ガスを出しながら軽トラが横を過ぎた。パァルちゃんはだんまりしてしまった。変なこと言わなきゃよかったかしら。あたしも口を閉ざす。歯裏の砂糖のべたつきを舐めた。
 やっとパァルちゃんが口を開いた。
「……世界は広いんだから、毎分毎秒、いつでも世界のどっかのケーキ屋のショーケースにはガトーショコラがあるわよ、たぶん」
「そっかあ」
「うん」
 なるほどなあ、とあたしはわたあめをかじった。パァルちゃんもヴァレちゃんに負けず劣らずかしこいのね。
 納得して、あたしはまたわたあめをかじった。もうわたあめをかじって、口の中でとかすことに気後れはなかった。ううん、ちょっとだけあった。だから、あたしは、できるだけ長くながく、ふわふわのかたまりは口の中でとかすようにした。口の中は、帰り道、ずっとあまかった。

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