ブツンと、弦の切れる音がした。

 「──あ」

 肩に乗せたヴォイオリン下ろしてじっと見つめる。たった四本しか無いうちの一本が切れてしまっていた。その切れた弦は一番細いE線で、四本の中で比較的切れやすいと言われている弦。話には聞いていたが、本当に切れてしまうとは。それは力なく垂れ、もう二度と動けないと言わんばかりに揺れている。

 「どうかしましたか」

 ふと後ろから掛かる声におれは異様に反応して、なんとなくヴァイオリンを後ろに隠して振り返った。それはもう、0点の答案を隠す子供のように。それでも何も言わず、彼女は首を傾げた。
 別に自分の楽器なんだし会話のひとつとして話せば良かったんだと思う。けれど、その時のおれは言えなかった。なんだか、楽器の扱いが下手だと自ら晒しているようで、知られてしまえばもうこの部屋には来れなくなるかもしれないと、何故か思ってしまって。きっと彼女に幻滅されたくなかったのだろう。ロゼはそんな人ではないのに。珍しくそんな思考がすっとまわっていて、中々言葉が吐き出せなかった。

 「───いや、あまり……あまり、上手く弾けなかっただけだ」

 逃げるように下げた視線はあからさまだ。誰でも分かるくらいに嘘をついた。その下がった視線の端で彼女の指先が忙しなく動くのが見えた。多分、いや、確実に気付いている。きっと対応に困っているのだ、急いで言い直そうと顔を上げると同時に彼女は笑った。

 「…そう、ですか。でも、練習していけばきっと弾けるようになりますよ」

 笑っていた彼女の顔は酷く沈んでいた。恐らくおれが本当の事を隠したから、だろう。そんな顔をさせるつもりはなかった。し、させたくなかった。

 「──っ明日、楽器店まで付き合ってくれないか」

 そう思っていたら、つい彼女の言葉を遮るように唐突な事を口走っていた。正直自分でも急に何を言っているのか分かっていないが、とにかく彼女には本当の事を伝えねばと口を開く。

 「…さ、っきの事は嘘、だ。…すまない。 弦が切れたんだ、それが知れたら良く思われないのでは、と思ってしまって、…だな」

 次第に語尾が小さくなっていくおれの言葉は非常に見苦しいものだった。けれど、それでも最後まで聞き続けた彼女は少しだけ視線を揺らした。きっとどの返答が良いかを考えているのだろう。考える時に視線を揺らすのは彼女の癖、だったはず。

 「…物が壊れてしまうのは必ずあることです、けれど、しっかり使っていて壊れたのならわたしは良いことだと思いますよ。ウェルさんがしっかり練習していたということですから」

 ぱち、と視線が合う。あ、と思った時には、もう彼女はつよく笑っていた。おれの考えを吹き飛ばすような、つよく、優しい笑み。

 「今から替えに行きませんか?まだお昼ですし、ヴァイオリンも早く張り直して欲しいと思ってるはずですよ、…きっと」

 ゆるりと手を組み直し、またおれを見据えたロゼはそう言った。その目に、おれはゆるく弓を握る。それから切れて重力のままに垂れた弦を見つめる。それは最初に見た頃と違って、ピンと固く伸びているように見えた。この弓で、ヴァイオリンで一緒に弾きたいと、そう思っているように見えて。おれは静かに笑った。

 「…ああ、行こう」

 そう言うと、切れ落ちた弦が大きく揺れたような気がした。




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