Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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びっくりするくらいオチがないです

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 その紙は白紙らしかった。『このページは白紙です』と書かれているのだから、白紙に決まっている。でも、その文字が書かれている時点で、この紙はもう既に白紙ではなくなっているのではないだろうか。でも、白紙と書いてあるからには白紙なのだ。つまり、この紙は白紙でありながら、白紙でないのだ。
 ティーカップをソーサーの上に戻すと、その振動でぱちゃりと水面が揺れた。浮かんでいたエディブルフラワーも、またその波に乗るように揺れる。僕は頬杖をついたまま、手元の冊子を手に取った。例の『このページは白紙です』の文字が読めた。裏返すと、そちらの面が表紙になっていて、迫力のあるフォントで『広報誌』と書かれていた。『広報誌』の下にはテラスから見える夕焼けと、その夕焼けを前にティーカップを持った主さまが映っていた。主さまは逆光でシルエットしか見えず、その表情までは読み取ることができない。それにしても、ティーカップを持った写真なんて、お菓子派の奴らが怒りそうだ、と思う。いや、広報誌の表紙なんて誰も気にしないか。そもそもこの広報誌の存在を知る者は、この館に片手で数えるほどしかいないんじゃないか。

 かくいう僕も、この『広報誌』の存在を知ったのは今朝のことである。この広報誌は毎月の第1日曜日に刊行されるようで、今日がちょうどその日に当たる。朝食後、リコットちゃんと喋りながら__というか僕が一方的に話かけながら廊下を歩いていたら、廊下に積んであった冊子を束で掴んで取って行くので聞いてみたら、それがちょうどこの広報誌だった。たくさん持って、色々なことに使うのだという。色々なことというのは、たとえば割れ物を包んでみたりとかなにかをするときに汚れないように床に敷いてみたりとか、おそらくそういうことだろう。確かにただのぺらぺらな紙ではなくつるつるとしたちょっと上質めの紙で、ホチキスで綴じられているわけでもないので色々な用途に利用できそうではある。つまり、彼女はこの広報誌を読んでいないのだ。僕は、それってちょっとかわいそうだな、と思ったので読んでみようかなと一冊的に取ると、なぜだかリコットちゃんに激しく反対された。「それはリクさんが読むものじゃない」全く、失礼な話である。僕も広報誌くらい読める。
 部屋に帰ってから中身をぱらぱらとめくってみたが、予想に反して中身も意外にちゃんとしていた。今回は『年末年始スペシャル』ということで、クリスマスの飾り付けがどうだとか正月に行った餅つき大会のことが特集されている。銀の匙戦争の結果を数値化したグラフ、なんてものも出ていた。一体誰がこの企画を考え記事にしているのだろう、と編集後記を見てみたが、特に名前は書かれていなかった。だいたい、ここまでちゃんと書いているのなら、こっそり廊下に積んでおいたりしないで大々的に宣伝すればいいのだ。僕以外にも、この冊子の存在を知らない人は山ほどいるだろう。この広報誌を読まないまま過ごすのは、なんだかもったいないような気がした。
 さまざまなページの中でも、ひときわ僕の興味を引いたのが最後にくっついていたアンケートである。質問は雑誌の感想から日々の生活の様子などを問うたものがざっと10問ほど。雑誌の規模からしたら、やけに大層なアンケートである。どうやら、最後の『主様に対する感想・要望など』の欄になにかを書けば実際にその感想が主さまへ届くらしい。目安箱のようなものだろうか。『こちらのアンケートを投函してくれた方から抽選で一名にプチギフト、アンケートを連続で12ヶ月投函してくれた方にはスペシャルギフトをご用意しております』というのもあった。大体、匿名のアンケートなのにどうやって誰が投函したかを割り出すのだろうか。だけれどそのプチギフトというのも気になる。僕はこういう雑誌の懸賞のようなものが好きだ。
 一番下の行に『記入後は、食堂にあるアンケートボックスまで投函してください☆』と書かれていたので、気になって食堂まで来てみた。僕が知る限りでは、食堂にアンケートボックスなどなかったからである。だが、半信半疑で来てみたところ確かに存在した。アンケートボックスと聞いて僕が想像していたのは段ボールに赤い画用紙を貼ってそこにマーカーペンで雑に『アンケートボックス』と書かれたいい加減なものだったが、実際には有名ブランドのチョコレートの缶に付箋で『アンケートBOX』と控えめに書かれたものだった。遠目に見たらただのインテリアにしか見えないだろう。開けて中を見てみたら、案の定誰もまだ投函していなかった。それにしても、仮にもアンケートボックスがこんなちゃちいセキュリティでいいのだろうか。
 アンケートボックスの所在を確認したところで、せっかく食堂に来たのだから紅茶でも飲もう、とティーバッグの紅茶を入れて椅子に座った。そして現在に至る。適当に広報誌をいじくっていたら例の『このページは白紙です』を発見したのだ。僕はこの文字列を見るたびに少し苛立った気持ちになる。そんなこと、言われなくても分かっている。

 また一から広報誌をめくって眺めていると、『フォトギャラリー』というコーナーを発見した。館の住人の普段の姿を映した写真が掲載されていて、食事の様子から銀の匙戦争中の写真、寝顔まで載っている。一体誰が撮っているのだろうかと思ったが、どうやらこのコーナーは、読者が掲載して欲しい写真を応募することができるらしい。何枚かの写真には、一体誰からこの写真を提供してもらったのかというのがついていた。ほとんど同じハンドルネームの人間が提供している。
 一枚一枚の写真をじっとながめていたら、一枚だけ、違うハンドルネームの人が投稿した写真があった。映っているのは、僕。撮影場所は食堂、陽の光がきつく当たっているから、時刻は朝だろうか。一体誰が撮ったのだろう。朝食の後の紅茶を頬杖をつきながら飲んでいる僕を右側から撮影したものだった。朝食の席というのはいつも決まっている。朝食の時、僕の右隣の席に座っているのは………リコットちゃん。

 それに気づいたら、僕はなんだか笑ってしまった。リコットちゃんは、この写真を僕に見られたくなかったから、僕が広報誌を取ることを止めたのかもしれないと思ったからだった。もし、もしそんなことを彼女に言ったら「それはリクさんのうぬぼれだ」否定するだろうか。するだろうな、となんとなく、思った。




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