Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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 第二幕 / ゆめだけがゆめじゃない - ばんあら

 おーい、というバンおにーちゃんの声でわたしは目がさめた。そよそよ、さわさわ、という風の音がするなあと思ったら、ここはやかたのおにわだった。ぱちぱち、まばたきをして、ねころがったままお空を見る。大きなカエデの木の葉っぱの重なりあう手と手のあいだから、ちらちらとお空の光が見えたり隠れたりする。よく晴れた、きれいなお空だ。
 ふっと、わたしの見ているせかいの中にバンおにーちゃんの顔がうつりこんだ。ぎゃっこう、って言うんだっけ。空の日の光が上からふりそそぐから、バンおにーちゃんのわたしをのぞきこむような顔はどんな顔をしているか、くらくてよく見えなかった。
「いつのまに寝てしもたん」
 でも、顔のひょうじょうははっきりとわからなくても、その声でバンおにーちゃんはわらっているんだろうな、とわかった。おもわず、わたし、にっこりする。
「あは、あられ、バンおにーちゃんのゆめみてた」
「なんやあ、うれしいわあ」
 わたしの顔をのぞきこむのをやめて、へへ、とわらうバンおにーちゃんのわらい声はてれくさそうなかんじがした。わたしはゆっくりと、体をおこした。
 わたしはバンおにーちゃんと花をつんであそぶことになった。シロツメクサ、タンポポ、オオイヌフグリ。右手で花のくきをやさしくぷちりと切って、それを左手にもちかえる。しおしおとしている花やまだかたいつぼみの花はそっとして取らないでおく。わたしは花をつむのにむちゅうで、さいしょこそバンおにーちゃんととなりあっておはなしをしながらお花つみをしていたけれど、左手に花たばができるくらいにかわいいお花をつんだころには、バンおにーちゃんはわたしのとなりにはいなかった。じめんから顔をあげると、バンおにーちゃんは5メートルくらいはなれたじめんでわたしにせなかを向けてしゃがみこんでお花をつんでいた。
「バンおにーちゃーん」
 わたしは立ち上がって名前をよんでちかづいた。「なんやあ?」と、バンおにーちゃんはせなかをわたしに向けたまま、ふりかえらないでそうこたえた。そのせなかにはパーカーのフードがだぼりとのっている。フードのふちはゆるりとカーブをえがいている。にっこりわらっているみたい。そのフードのわらいかたが、なぜかふと、わたしにはこわく見えた。足元にぽた、ぽた、と左手の花たばのおはながするりするりと手からぬけておちる。シロツメクサ、タンポポ、オオイヌフグリ。花の先がスニーカーからちょっとだけはみ出たくつしたにひっかかって、くすぐったかった。でも、おかまいなしに、わたしはちょっとずつ歩をすすめながらバンおにーちゃんのせなかにちかづいた。わたしはしゃがんでいるバンおにーちゃんのかたをとんとん、たたこうとして、手をのばす。
「おにーちゃん、だれ?」
 ことばがこぼれおちた。おなじタイミングで、びうと今までなかったつよい春風がふいた。バンおにーちゃんのフードが風にゆれたのだけ、ちらりと、おぼえている。
 
  おーい、というバンおにーちゃんの声でわたしは目がさめた。なんてことない、天じょうのでん気の白っぽい光が目にすぱんと入りこんできて、わたしはびっくりした。思わずかたをきゅっとちぢめると、かたがだん力のあるふかふかしたソファにつつまれて、ちょっとだけはねた。そこで、わたしは自分がおうせつしつのソファでよこになってねてたんだ、とわかる。
 ふっと、わたしの見ているせかいの中にバンおにーちゃんの顔がうつりこんだ。ぎゃっこう、って言うんだっけ。天じょうについているあかりをさえぎるようにバンおにーちゃんがわたしの顔をのぞきこむから、バンおにーちゃんの顔はどんな顔をしているか、くらくてよく見えなかった。
「いつのまに寝てしもたん」
 でも、顔のひょうじょうははっきりとわからなくても、その声でバンおにーちゃんはわらっているんだろうな、とわかった。おもわず、わたし、にっこりする。
「あは、あられ、バンおにーちゃんのゆめみてた」
「なんやあ、うれしいわあ」
 わたしの顔をのぞきこむのをやめて、へへ、とわらうバンおにーちゃんのわらいごえはてれくさそうなかんじがした。わたしはゆっくりと、体をおこした。
 さっきのゆめとはちがって、こんどはやかたでかくれんぼをすることになった。なんでかふしぎなんだけれど、やかたには人のけはいがなかった。ひっそりとしている。うすぐらくてつめたい空気のながれるろうかに出て、わたしとバンおにーちゃんはじゃんけんをした。パーを出してかったので、わたしがおにになる。「じゃあおれっち、隠れてくるわ、30まで数えてな!」と、バンおにーちゃんはわたしをろうかにのこしてどこかへかくれに行っちゃった。わたしはかべに、あたまをおおうようにうでをついて、いーち、にー、さーん、しー、とできるだけ大きな声でかぞえた。白いしっくいのかべはひんやりとしている。おうせつしつとちがってろうかにでん気はついていなくて、なんだかこころぼそかった。北向きのまどからは、あまり日の光が入らないから。
 30までわたしはかぞえた。かおを上げる。右と左をこうごに向いて、長いろうかのどっち方向にバンおにーちゃんがいそうか、かんがえる。わたしはとくにりゆうはないけど、なにかにひきよせられるように左にすすんだ。
 バンおにーちゃんのかくれてるばしょは、なんでかしっているような気がした。ずんずんと足がかってに動いてく。そうか、さっきのゆめの中のゆめでみたんだっけ、と見おぼえのあるようなないような、ゆめごこちな気分でろうかを、かいだんを、わたしな歩く。リビング、キッチン、ものおきべや。わたしはどのへやのドアもあけなかった。
 やがて、ゆっくりとわたしの足は止まる。「みんとの保健室」というふだがかかったドアのましょうめん。わたしはまよわずノックをした。
「ミントおねーちゃん、」
 すると、はあい、どうぞ、とミントおねーちゃんの声がした。わたしはドアを少しあけて、そこから顔をのぞかせる。
「あのね、わたし、かくれんぼしてるんだけど、入ってもいい?」
 白衣すがたのミントおねーちゃんは、たなのプリントやかみのせいりをしているらしかった。ファイルをまどぎわのたなから出してパラパラとめくったりかみのじゅんばんを入れかえたりしている。わたしの声に、ミントおねーちゃんはたなからふりかえってにっこりわらった。
「かくれんぼ!ええ、かまいませんよ〜〜」
 わたしはありがとう、とへやに入った。
 「みんとの保健室」にはわたしのへややリビングにはないものがいろいろあった。しんちょうをはかるどうぐとか、しんさつだいのベッドとか、くるくるまわるせもたれのない円いいすとか。ベッドも2だい、おいてあるので、かくれるのにはうってつけ!だ。その中でもわたしはしんさつだいのベッドの下をさいしょに見たくなった。のぞいてみてよという声がした気がした。空耳かなあ。わたしの声とにていたような気もするし、バンおにーちゃんの声とにていたようか気もするし、ミントおねーちゃんの声とにていたような気もする。そして、ひざと手をゆかについてのぞいたそこには、バンおにーちゃんがやっぱりいた。ゆかとベッドのあいだのすきまに入って、ねてかくれている。いきをひそめているバンおにーちゃんとばちっと目があって、わたしはおもわず口がにやにやした。
「みーつけた!」
 バンおにーちゃんは、きゅうくつそうなベッドとゆかのすきまであははとにがわらいした。
「見つかってしもたなあ」
 へへん、とわたしははなをたかくした。ゆめの中でみたゆめが、わたしにヒントをおしえてくれたのかもなあ、と、おもう。バンおにーちゃんはよいしょとしんさつだいの下からはい出て、ぱんぱんとパーカーからほこりをはらった。
「こんどはバンおにーちゃんがおにだよ!」
 わたしはそう言って、くるりと向きをかえてドアの方に走った。しつれいしましたー、とわたしはミントおねーちゃんのほけんしつを後にしようと、する。
 しかし、わたしはミントおねーちゃんに呼び止められた。
「妹のあーさま、」
 わたしはふりかえった。ミントおねーちゃんは、すっとぶあついファイルをたなにもどしたところだった。ミントおねーちゃんはにっこり、わたしの方をむいてほほえむ。わたしもおもわず口のはしをあげる。
「なに?ミントおねーちゃん」
「さっき、誰と会話なさってたのですか?」
 わたしはえ、と目を少しだけ大きくする。ミントおねーちゃんは何を言っているんだろう。
「え?……バンおにーちゃんだよ!ほら」
 と、わたしはしんさつだいの方をゆびさした。だけど、そこにバンおにーちゃんのすがたはなかった。あれ、とわたしははいごのドアをふりかえる。ドアはぴっちりしっかりしまっていて、ひらいたりしめたりした音はさっきも今もなかった。バンおにーちゃんがわたしより先にへやを出たなんてことはないはずだ。わたしはおどろいて、あわててもう一ど、しんさつだいの下をのぞいてみた。バンおにーちゃんならもう一回かくれかねないとおもったから。けどやっぱりいない。ゆめでもみているかのように、バンおにーちゃんがきえた。わたしはあれ、あれ、とへやの中をくまなく見わたした。ぐあいがわるいときに休ませてもらえるベッドの下にも、本だなのかげにも、いない。しんちょうをはかるどうぐは細すぎてかくれられない。大きめのゴミばこのうらっかわにもいない。
「妹のあーさま、もう大丈夫ですよ」
 ほけんしつの中、バンおにーちゃんをさがし回るわたしのすぐうしろに、いつしかミントおねーちゃんは立っていた。やさしい声でそう言って、ミントおねーちゃんはわたしのあたまをなでる。しゃがんで、わたしと目せんを合わせて、にっこりとほほえむ。ゆっくりと口をひらいて、じっくり、しっかり、夜、ねる前に絵本をよみきかせるような声でミントおねーちゃんは言った。
「夢は醒めるから、夢なのです」
 そのことばが、わたしはきゅうにおそろしく、こわく、かんじられた。あたまのなでられたところから体中の毛がじゅんばんに、ぞわり、ぞわりとささやいた。さめてしまえば、ゆめはもうゆめでしかないのか。いやだ。心ぞうが、へんにどくんと音を立てる。
「さあ、あーさま。悪い夢とはおさらばですよ〜、はい、目を閉じて」
 わたしはそこでかすかに、おーい、と言う声をきいた。「バンおにーちゃん、」とふるえる声でつぶやいて、わたしはぎうと目をつぶった。

 くちびるのあたりが、急につめたくなった。
「おーい」
 こんどはきちんと声がきこえた。かたくとじていた目をあけると、わたしはベッドによこになっていた。かけぶとんのもようがちがったので、このは自分のへやのベッドの上ではなく、ミントおねーちゃんのほけんしつのベッドの上だとわかる。そのうすみどりのぶあついふとんがずっしりたっぷり、ずどんとわたしの上に急にのしかかったようにおもえた。ふとんにはさまれたくうかんはむわむわ、じっとりとしている。あつくてきもちわるい。もぞもぞ、と体を動かすと、わたしの顔をのぞきこむようにベッドのすぐそばにいたバンおにーちゃんとミントおねーちゃんと目があった。とたんに、ああ!とふたりはこうふんしたようなといきをもらしてほほを赤くする。
「ああ、よかった、目が覚めて!ずっと熱で寝込んでたんですよう、妹のあーさま。熱にうなされていたのか、夢にうなされていたのか……でも、『夢喰い』ですからどっちもでしょうね」
 ミントおねーちゃんはいつものゆったりしたはなしかたではなくて、1.5ばいくらいのはやさでそう言った。わたしはやっとここで、おでこにひんやりとしたかたいものをかんじた。ふくろに入れた氷みたいだ。そっとそれに手を当てる。氷はおどろくほどひんやりとしていた。手がビニルぶくろにひっついてはなれないくらいにつめたい。つめたさがどんどんとうでをつたってつたわってくる。わたしは声を少しだけふるわせて言った。
「ここ、もうゆめじゃないの?」
 かぜなのかなんなのか、声はからからだった。でもそれをききとったバンおにーちゃんは、わたしの手を氷のふくろからはがしてやさしくにぎった。バンおにーちゃんの手はあたたかかった。ああ、バンおにーちゃんの手は生きているんだとおもった。
「そうやで、悪い夢からさめてよかったなあ、あられっち」
 と、バンおにーちゃんはいつもより細く細く、目を細めた。そして、バンおにーちゃんとミントおねーちゃんがよかったね、とわらいあう。そのふたりをみているわたしは、うまくわらえなかった。
 まだうでには、氷のつめたさがのこっている。



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