ぢごくで


 夏の終わり、夕方ごろ、特段用もないけど、悠陽くんの部屋に突撃すると、悠陽くんは布団の上に寝っ転がっていた。しかも、いつもの服で。部屋着やないで。デニムパンツと、白いシャツのまま寝とるんやで。そんなん、悠陽くんに限って、あり得へんやろ。
 部屋の窓のカーテンは開いていて、傾いてきた陽が悠陽くんの顔に差している。起こした方がええんか、起こさん方がええんか分からへんし、とりあえず、床に手をついて、悠陽くんの顔をのぞき込む。途端、悠陽くんの目がぱち、と開いたので、わたし、うわっ、って言ってしもた。
「あられかと思った」
「それは残念」
 いや、と、悠陽くんはゆっくりと体を起こす。「風邪っぽいから、あられがいると困る」
「え、大丈夫?」
 ああうん、とか言いながら、彼は布団にあぐらをかいて座った。大丈夫と言う割には、顔つきがおかしい。普段からけだるい感じやけど、もっとなんかくらくらしているというか、あと、目が二重になっとる。絶対おかしい。わたしは悠陽くんの左手を握ってみた。大人しく握られている悠陽くんの手は、いつもはもっとひんやりしとると思うんやけど、明らかに子どもみたいにあったかい。
 熱を測らせたら三十八度あって、顔を見合わせて、うわ、って二人して言ってもうた。
「やば。解熱剤いる?」
「欲しい」
「とりあえず着替えときや」
 うち、悠陽くんの部屋をすぐさま出て、一階にどたどた降りてって、共同の薬箱からバファリンと、あと目についた冷えピタも持って、五百ミリリットルペットボトルの水を抱え、また悠陽君の部屋にダッシュする。今度は、悠陽くんはちゃんと部屋着のスウェットを着ていて、ちゃんと布団を被っていた。
「安静にしとるな」
 枕元にペットボトルを置いてあげたその瞬間、「地獄」と悠陽くんが呟くのが聞こえた。え、と思わず聞き返す。
「起きた時はぼうっとしてて気づかなかったが、やはり、風邪って地獄みたいだ」
 やっぱりきついか、冷えピタいるか、と言うと、ちょっと悩んでから、悠陽くんは頷いた。貼ったろか、と言うと、自分で貼る、と言われる。渡したげると、悠陽くんは寝ながらぺろ、とシートを貼る。前髪が挟まっていて、ちょっと笑う。何、と言われて、もっと笑う。
「前髪挟まってる」
「笑わなくても」
 悠陽くんが、とろんとした目のままでむすっとする。それもまた、ちょっとおかしくて、笑ってしまう。
「貼りなおしたろか?」
「いや」
 悠陽くんは寝返りを打って、窓の方に顔を向けてしまった。あーあ、と、また少し笑みが零れる。その悠陽くんの背中に、「わたしが死んだら」、と呼びかけてみる。
「天国と地獄、どっちに行くと思う」
 ふっと、部屋の空気が変わった。日差しがいつのまにか雲に隠れている。ちょっとだけ、悠陽くんがこっちを見ようと体を傾けたが、布団を巻き込むようにあっち向きに丸まり込む。
「どっちかにしか行けないのか」
「まあ、そういうていで」
 わたしは悠陽くんの部屋の床に体育座りして、悠陽くんの返事を待つ。
「……天国」
「悠陽くんはどっち?」
 悠陽くんは今度こそこっちに向き直った。じ、と部屋の角のような、そうでないところを見つめたまま、静かに、しかし確信を持って、答える。
「地獄」
 そう言うと思った。絶対言うと思った。わたしの唇は、きっと弧を描いていた。わたしも悠陽くんは地獄に行くと思う。自分のことを地獄行きって言ってしまうような人は、やっぱり天国には行かれへんのや。たぶんどうあがいても閻魔さんの気に食わん。
「やっぱり、うちも地獄行きやと思う」
「はあ」
「本当に好きな人とは、地獄で会いたいもんやで」
 はあ、という相槌が返ってこない。見ると、悠陽くんは目を閉じて、布団を抱きしめたまま眠っていた。柔らかい夕日が部屋の中に満ちていて、やっぱり、地獄って本当にあるんやなと思った。

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