コンビニ


 やっぱりここにいた。悠陽くんは己の寿命を縮めることに余念がない。そういう阿呆は、自分で思ってたより他人より長生きして苦しんだらええのにと思う。うちが死んでるとこ見て苦しむんが幸せやろ――と思うけど、それって自分のエゴやんな。死に顔を見てもらうことで他人に幸福を売り歩こうというエゴのために悠陽くんに死なれたら、わたし、もう一回悠陽くんのこと殺したろかなと思う。もう悠陽くんのいない身体にナイフ入れてもう一回死んでもらう。火葬なんか、灰になんか絶対させへん。
 まあ、この話はこの庭のここら辺にしまっといてー、ってことで、話戻すけど、悠陽くんはテラス、つまり喫煙所にいた。庭に近いとこで突っ立って、またたばこを吸っている。別にうち、たばこのことそんなに嫌いやないで。ただ、自分の目で見たことのある火事のこと思い出すから、火ぃちゃんと消しやて言いたくなるだけ。悪びれたそぶりするくらいなら吸わへんかったらええやんって、ちらーっと心の中で思うとるだけ。
「悠陽くーん、暇?」
 わたしは悠陽くんの右隣に歩いて行った。クロックスのぺたぺたという音が、夜のテラスによく響く。悠陽くんはちらっとこっちを見て、ふわりと煙を吐く。テラスの明かりに照らされて、煙はどこかきらきらしていた。そんなに綺麗なもんでもないのになあ。世の中こんなもんなんかなあ。たばこは嫌いやないけど、ずうっと見てると変なこと考えてまうしそんな好きちゃうねん。
「コンビニ行くの着いてきてほしいー」
 わたしがそう言うと、少しだけ眉を顰められる。もう夜遅いし明日行けば、って言いたいんかなあ、と勝手に解釈する。
「嫌? ほんならロンドン行こ」
 ロンドン、という地名を耳にした途端、悠陽くんは目を見開いた。たばこを口から離したまま、少し時が流れる。その間に、さっき悠陽くんが吐いた煙はどこかにすっと行ってしまった。
「分かった」
 何でもないような顔で悠陽くんはまたたばこに口をつける。わたしはちょっと笑ってしもた。
「え、ほんま? ロンドン?」
 行くって言うたやろ、みたいな顔をされる。いやあ、聞きましたけども。
「香港は?」「いいよ」「タリン」「うん」「アスマラ」「ああ」
 いいよって言いつつ、全然こっちと目を合わせてくれないのが困んねん。相変わらずたばこをふかしている悠陽くんの顔を覗き込んだ。
「コンビニ」
「……分かった」
 煙を一つ吐くと、悠陽くんは灰皿にたばこを押しつけた。わたしはその間、横で突っ立って待つ。
「ねえ、わたし、今、悠陽くんのこと抱きしめたいです」
「どうした」
 灰皿にぽと、とたばこを置きながら、ちらりとわたしの方を見やる。はい、と急かすようにわたしは腕を真横に伸ばしてT字を作る。悠陽くんはわたしの真似をした。わたしはそのT字に抱きつく。
 そのまま、悠陽くんは抱きしめさせてくれた。さっきからテラスはたばこのにおいでいっぱいやったけど、さらに煙くさいにおいがうんとして、その中に悠陽くんのにおいも混ざっていた。この人の温かい胸にいつか血が通うことがなくなること、そしてそれをわたしが刺さなければいけなくなるかもしれないことを思うと、もっとぎゅっと抱きしめなあかんような気がした。
「ごめんなあ」
「何?」
 悠陽くんの声が耳元で聞こえる。
「わがままばっかりで、うち、嫌なやつになってしまうよ」
「もう十分、嫌なやつだろ」
 あはは、と、思わず笑う。悠陽くんがわたしの頭を撫でた。絶対もっと嫌なやつになったる、ウィーンもドーハもリヴァプールも連れ回したる、全部のわがまま聞いてもらうまで死なせへん、と、わたしはもう一度強く悠陽くんを抱きしめる。
「痛い」
「えっ、ごめん」
 ぱっと悠陽くんを腕から離す。いつもの仏頂面で悠陽くんが言う。
「行かないのか、コンビニ」
「行く」
 悠陽くんは歩き出した。わたしも軽い足取りで着いていく。いつもありがとうね。まずはコンビニから一緒に行こな。わたしたちは、まだたばこのにおいの残るテラスを去った。そのたばこのにおいが風に飛ばされた先も一緒に行こな、と、心の中で願いながら。

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