こんな夢を見たの。
あたしは朝起きたら透明人間だった。それはもう透明よ!うーんと伸びをして伸ばしたはずの両腕も、昨夜に明日剃ろうと思ってた脛の毛も、透明。あたしは驚いてベッドから飛び降りて、慌てて姿鏡みに駆け寄って、自分をまじまじと見たわ。やっぱり透明。鏡の向こうでは、あたしの部屋にあたしのパジャマのワンピースがぽつねんと浮いていた。
やっぱり最初はびっくりして心臓止まるかと思ったんだけど、でも体が透明になっただけで肌の感覚はあるし、髪もいつものとおり肩に当たるのを感じるし、なんだ、なんてことはないんだわと思った。それであたしは、折角透明になったのだから、と自室をるんるんで飛び出して、何か館の人を驚かせてやろうと思った。あたしだってさっき驚いたんだから、他の人も驚いてもらわないと困るわ!――って、我ながら自己中心的ね!
誰かいないかしらとあたしは朝の廊下を駆けたんだけど、あたし、珍しく早起きしすぎたみたいで、全然誰とも出くわさなかった。ああ、つまらないの!とあたしは結局庭に出た。
あたしは庭をぶらぶらしたわ。ざっと20分くらいだったかしら!丁度季節は夏だったみたいで、色んな花が咲いてたから飽き飽きしなかったのよね。朝のお散歩っていいものね!明日、ヴァレちゃんをたたき起こして一緒にお散歩しようかしら、それならどうやってたたき起こすのが一番効率的かしら、ヴァレちゃんって自分の目覚まし以外じゃ全然起きないのよね、と夢の中で夢中に考えた。
そんな風になんとなく歩いているとあたし、小さな噴水の前にいた。噴水は朝からご苦労なことで、せっせと水を華麗に噴き出していた。ご苦労ご苦労、とあたしは手を伸ばして手に水を受けた。きらきらと水滴が朝日に飛び散って、水の柱はあたしの透明な手に抉られたようになった。そこであたしは、花々を眺めているうちに忘れかけていた、透明人間になったから人を驚かせたい!という目的を思い出した。
あたしは慌てて館に戻ったの。あたしが庭をお散歩しているうちにちらほら人は起き出しているみたいで、生活音がどこからか聞こえてくる。あたしはふふんと意気込んで勇み足で再び廊下を歩いた。
2階の廊下で、あたしには遠くからティージィちゃんがこっちへ歩いてくるのが見えたわ。ティージィちゃんってちょっと頭ハジけてるとこある人で――ってまあ、あたしもヴァレちゃんに言わせればそういう子らしいんだけど――、痛いことスキ!ってよく言ってるじゃない?透明人間にいたずらされたらどんな反応するのかしら!と思って、あたしは彼の姿を見たとたん、ティージィちゃんを驚かすことに決めたの。
あたしはティージィちゃんが来るのを曲がり角の陰に隠れて待ち伏せて――いくら透明人間とは言っても、着てる部屋着まで透明にはならないから――彼があたしの隠れる陰の前を横切ったところを、後ろから近づいてぎゅむっと彼の右耳を引っ張った。後ろを振り返ると、宙に浮かぶあたしのワンピース!絶対にティージィちゃんはびっくりするだろうと、あたしは好奇心と期待を胸に詰め込んだ。
ところがティージィちゃんは振り返ると、いつものちょっとぶっ飛んだ笑顔を浮かべていた。
「ギャハ!オマエ、朝からイテエことしてくれるんだナ!もっとヤッテ!」
そう彼はあたしの肩を叩いた。そう、叩いた。はっきりとそこに肩があるってわかってるみたいに。彼には服が浮いてるように見えているはずなのに!
「ねえ……あたしのこと、見えてるの?」
「ナンデそんなこと聞くの?ワケワカンネ!オマエあれだろ、メ…メル…メなんとか!」
ティージィちゃんはギャハハと笑って言った。彼には普通にあたしが彼の目に映ってるみたいだった。あたしは首筋のあたりが震えた。
「オマエ、さっき右耳した!反対も!ヤッテ!」
と、がちっとあたしは右手首をつかまれた。あたしにはそのつかまれた自分の右手首が透明に見えている。あたしが透明に見えてるのは、もしかしてあたしだけ?そう気づくと途端にこわくなって、あたしは思いっきりティージィちゃんの手を振り払って逃げた。ネエ!と呼びかける声がしたけど、あたしは全速力で逃げた。
息がぜえぜえになりながら廊下を駆けると、廊下ですれ違った人はみんなあたしの方をちらりと見ては、なんでもないものを見たときのようにすぐにふいと目を逸らした。誰も「服が浮いてる!」なんて指差したりなんかしない。ええ、そうなの。誰もあたしのことを見たって驚かないの!あたし、まじまじと自分の手を見る。そこにあたしの手はなくて、ただ廊下の赤い絨毯があるだけ。ふりふりの部屋着の裏側にある、透けたあたしの心臓がどくどく打つのを感じたわ。その鼓動はどんどん速くなって速くなって、――あたし、朝の廊下の真ん中で呻いたわ!
そうしたらね、目が覚めたの。あたしはいつもの自分の部屋のベッドにいたわ。起き上がって自分の体を確認してみたらね、ちゃんとあるのよ。全然透明じゃないの。そこで気づいたの。ああ、あれは、夢だったんだ!って。
ねえヴァレちゃん、さっきからあたしの話聞いてるの?本読んでばっかりで全然あたしの方見てくれてないじゃん!あたしの夢の話興味ないの?ねえー、答えてよお!ちょっと、もしかしてまだここって夢の中ってこと?あたしもしかしてまだ透明なの!?だからさっきからヴァレちゃん無視するの?ねえー、ヴァレちゃーん!