1 雲になりたい


 今夏最初のクザトくんとのお出かけはかき氷屋さんだった。朝、テレビでかき氷が紹介されているのを見ていて、行こうということになった。
「暑いな」
「かき氷日和って感じだね」
 わたしとクザトくんは、館の最寄り駅から十駅電車に揺られたところにある商店街を歩いた。アーケードになっていて直射日光はないものの、天気予報の通り晴れた日で、熱気がそこらじゅうに転がっている。今日は平日だけど、夏休みということもあってか人が多くて、わたしはクザトくんの右斜め後ろにくっつくように歩を進める。そのたびに、せっかくクザトくんとのお出かけなのだからとつけた小さなハートのネックレスが胸元で揺れる。
 と、向こうに行列とかき氷屋みたいな看板が見えて、わたしは小さくクザトくんのTシャツの裾を引っ張った。
「ねえ、あれじゃないかなあ……」
 そっと指さすと、ああ、とクザトくんは立ち止まる。
「すげえ並んでる」
「テレビの影響力ってすごいんだね」
「並ぶ?」
 こくこく、とわたしは大きく頷いた。だって、今朝テレビで見たとき、すごくおいしそうだったんだもん。涼やかな器に見ただけでもわかるくらいにふわふわの氷が盛り付けられていて、おめかしのシロップがぐるぐるかかってて――。あれを、クザトくんと、雲を半分こするみたいに食べたいのだ。
「だってクザトくんと食べるために来たんだもん」
 クザトくんは、オレンジの髪を少しかいた。
「じゃあ、並ぶか」

 三十分くらい並んだけれど、とうとうわたしとクザトくんはかき氷を食べられる席にありついた。店内は女の子グループとかカップルみたいな人たちが多くて、もしかしてわたしとクザトくんもそんな風に見られているのかと思うと背筋が伸びる。
 最初、一人一個ずつ注文しようかなあという話も出たけれど、結局二人で一個、イチゴのかき氷を頼むことにした。周りのテーブルを見ると、一個のかき氷がかなり大きくて、ごはん前なのに一人一個あれを食べるのでは結構お腹が苦しくなりそうだと思った。
 かき氷が運ばれてくるのを待っている間、わたしとクザトくんはぽつぽつとお喋りをした。わたしのお兄ちゃんがまた女の子となんかあっただとか、昨日の晩ごはんがどうって話とか。わたしが言葉をゆっくり選ぶとき、クザトくんは小さく頷いて待っていてくれる。わたしを「リリィ」としてお話してくれるのが、大人らしいというか、安心してお話できる。
「それでね」わたしはお水を飲みながら言った。「お兄ちゃんって、わたしがまだ五歳だと思っているみたいなの」
「リィが五歳?」
「話が、雲を掴むみたいだって」
「そんなことねーよ」クザトくんは眉をちょっと歪める。「ちゃんと言葉を選んで話してる」
 わたしはその言葉がとても嬉しかった。ほんとに?って聞き返したくなるくらいに。だから、わたしは思わず溜息交じりに零す。
「クザトくんがお兄ちゃんならよかったなあ」
 横の席の女の子ふたりが鞄を持って席を立った。シーリングファンが回るのが一瞬だけゆるくなったような気がする。クザトくんが、頬杖をつくのをやめた。
「リィ」
 急にクザトくんの声のトーンが下がる。さっきまでお喋りしていた声の温かみがどこか、霞んで消えた。わたしはびくりとして、なに、と口先だけで言うみたいに小さく返事する。こわごわ、上目にクザトくんの顔の正面を見た。
「そんなこと言うんじゃねえ、兄が別の人がよかったとか」
 クザトくんはコップの中の水をぐいと飲んだ。同時、明るい声の店員さんがお待たせしましたーとイチゴのかき氷を乗せた盆をわたしとクザトくんの間においた。
 ふわふわの赤い山を挟んだクザトくんに、わかった、って、わたし、言った。ああ、と思う。わたしは子どもだ。
「食べよう」
 大人のクザトくんは少し声をやわらかくして、スプーンを取った。その顔をよく見ることができなくて、ふわふわの山に乗っているイチゴの果肉にピントを合わせてばかりいた。
 わたしも雲みたいにふわふわなかき氷を三分の一くらい食べた。雲になる気持ちで。雲になればクザトくんみたいに大人になれるだろうから。

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