地獄の桜の樹の下には



1

「桜の樹の下に、僕の屍体を埋めに行こう」
 クララは突然、そう言った。俺とキリネは、なるほど、と思った。なんとなく、クララの身体はクララとは別のところにある、と感じていた。普通の人はよく、授業中とかに、魂がどこかへ抜けていくけれど、クララは逆なんだ。魂じゃなくて、身体の方がどこかへ行ってしまうんだ。だからもう、どこへも行ってしまわないように、埋めなければいけないんだ。
 クララは、クララと瓜二つのようで、そうでもない人間の身体を、どこからか引っ張り出してきた。クララの家の前の公園、だったかな。具体的な場所は覚えていない。とにかく、待ち合わせ場所まで屍体を連れてきたのはクララだった。その屍体は女の子のような体つきをしていて、頬はあたたかそうな丸みを帯びていたが、触れてみるとひどく冷たく、固かった。
 力持ちのキリネは屍体をおぶり、俺はクララの家のスコップを二本持ち、クララは青い大判のレジャーシートを持った。一応皆、ケガをしないように長袖を着て、準備万端だった。町のはずれの、川沿いの桜並木の方へ向かった。
 桜の葉はすっかり紅くなっていて、ひらひらと花のように遊歩道に落ちる。もちろん、秋なのだから、花なんて咲いていない。人通りはほぼなかった。土手にレジャーシートをふわりと広げて、その上にごろりと少女の屍体を転がす。この桜の樹、すごくよくない、と、クララは数ある桜の樹のうちの一本を撫でた。じゃあ、この樹の下に埋めよう、と、キリネが言った。
 俺とキリネは、桜の樹の下に、黙々と穴を掘った。クララは土手に座って、少女を眺めていた。掘った土は、腐ったような臭いは何もなく、ただ土の臭いがした。小柄な屍体ひとつを埋めるのに十分なスペースの穴ができるまで、そう時間はかからなかった。俺は少女をよろりと抱えた。手足を折らせて、横向きに屈葬させる。これらの作業はほとんど無言で行われた。カラスの声が遠くでしていた。
 穴の横に作った、掘った土の小山を、手で穴の方へ押し寄せる。透き通るような白い肌が、どんどん土で汚されて、埋まっていく。いや、その肌はうんと綺麗になって、透明になって、土に還るんだ。そうだよな、クララ。
 ふと、後ろを振り向いて、レジャーシートを見やると、クララがいなかった。「ねえ、クララは」とキリネに問うと、「分かんない」と言われる。そっか、と、俺たちはまた黙々と土を屍体にかけた。
 小山のすべての土が穴に還った。強い風が吹いて、ばさ、と、青いレジャーシートが飛んで行って、川の水面に落ちた。
 ――という夢を見た。夢から覚めた後、キリネと町中を探し回ったが、クララはどこにもいなかった。交差点にも、路地裏の窓にも、急行待ちの踏切辺りにも、どこにもいなかった。聞くと、キリネも同じ夢を見ていたようだった。この街からクララは消えた。ただ、毎晩、夢の中ではクララに会える。もしかしたら、この世界が夢で、クララのいる夢が現実なのかもしれない。俺たちはたぶん、夢の中に囚われてしまった。よく言うだろう。家畜を囲うということは、自分を囲うということなのだ。
 夢か現実か、白黒つけようじゃないか。俺たちはもう一度、川沿いの遊歩道に来てみた。桜の樹が多すぎて、クララが気に入ったのがどの樹だったか、全く思い出せなかった。逆に、どの桜の樹の下にも、土を掘り起こしたようなあとがあるのに気がついた。川は絵画のように真っ青だった。
 キリネが、ポケットから縄を取り出した。ホームセンターで売っていそうな、普通の縄だった。「夢か現実か、白黒つけてえんだ」と、キリネは震える声で言った。俺は縄を結って、数ある桜の樹から一本を選んで、そのうちの一本の枝に括り付ける。キリネも同じことをした。土を掘って、自分たちが立つ小山を作る。掘った土からは、生物が腐乱したような、たまらなく臭いにおいがした。俺たちは、縄で作った輪の中に首を通して、土の上に立ち、せえの、という掛け声で、腐ったような土を蹴り飛ばした。桜の樹からは、はらはらと、花びらよりも湿っぽく、紅い葉が絶え間なく落ちていた。
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