毎週5日。この日は仕事で、私はの駅前のケーキ店に行く。濃すぎず、かといって薄すぎない化粧をして家を出た。
店につくとタイムカードを押し制服、エプロンに着替えてレジに立つ。そういえば、と私はレジの脇に置いてある小さめのカレンダーに目をやった。今日は火曜日だ。そう考えると少しうずうずしてしまう。毎週火曜日の、午後2時半。この決められた時間に、ある人はやってくる。
その人は銀色の髪の毛をしていて、真っ赤な眼がその髪の毛に映えている。私はその人を銀髪お兄さんと心のなかで呼んでいた。
お兄さんはいつもバイクでやって来てはケーキを食べていったりふらりと新作ケーキのチェックだけして帰ったりと、買う買わないは別としてとにかく毎週火曜日の午後2時半ごろに必ずやってくるのだ。
でも一つだけ不思議なことがあって、お兄さんはケーキを買うとき、決まって何かを喋ろうとするように口をもごもごさせる。そんなことがもう半年も続いていた。
その半年のなかで私は密かにお兄さんに想いを寄せているのだが、なにしろ名前も素性も知らないのだ。どう接すればいいのか分からない。ふぅ、と小さなため息をついたとき、その人はやってきた。いらっしゃいませ、と言うと、私はうっすらと手の平にかいた汗をエプロンで見えないように拭った。
レジ周りを片付けるような動きをしながらちらりと彼を盗み見る。お兄さんはいつものようにプラプラとケースの中のケーキを眺めながら、時折考える素振りをして顎に手を添えている。なに考えてんだろ、と思考を巡らせていると、違うお客さんがいくつかを注目してきたので慌ててケースからケーキを取り出す。
「420円になります」
あ、これ美味しいヤツだ。なかのクリームが甘くてとろっとしてて、でも苺の酸味がいい感じにクリームと混ざっててやみつきになるヤツだ。
お代をもらってお釣りとレシート、ケーキの入った紙袋をお客さんに渡す(自慢じゃないが、ここの紙袋はかなりお洒落だ)。お客さんは紙袋を受け取ると店を出て、後ろにいた次のお客が前に出た。
「(う、わ)」
銀髪お兄さんだ。お兄さんは一番人気のケーキ2つと私が個人的に好きなチョコケーキを1つ頼むと、私のケーキを出す様子を観察する。私は顔が赤くなっていないかを心配しながらケーキを出すと、それを紙袋に入れる。
「820円になります」
お兄さんは財布から千円札を取り出す。
それを目の端で捉えた私はお釣りを用意する。千円札をもらうとレシートを破ってお釣りと一緒に渡し、ケーキの入った紙袋をお兄さんへと出した。
「ありがとうございました」
「あっ…なぁ!」
今日もこれで終わりだと思っていた私は、突然お兄さんに話しかけられてびっくりした。ぽかんとしてお兄さんを見ると、お兄さんは緊張のせいか赤い瞳が不安げに揺れている。
「…はい」
「あの…その、明日…休みだったりする?」
「え」
これはいわゆる『お誘い』と認識していいのだろうか。だって明日休み?はいそうですなんて、次のセリフはじゃ、もし良ければお茶でも、と相場は決まってる。しかし残念ながら明日も仕事だ。その旨をお兄さんに言うと、残念そうに頭を垂れた。
「でも」
「…あ?」
「土曜日は休みです」
するとお兄さんは嬉しそうに顔をほころばせた。その笑みについ笑ってしまうと、今度は恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「だったらよ、その…い、一緒に」
「ケーキでもどうですか」
私が先に言うと、お兄さんはすごい勢いで頷いた。私は時間と待ち合わせ場所を約束すると小さく笑ってお兄さんを見送る。お兄さんは真っ赤な顔のままバイクで帰っていった。
私はまだ口元を緩めたままなんだ、と呟いた。いつももごもごさせていたのは声をかけたかったからか。
「土曜日かぁ…」
お洒落な服用意して、メイクもちゃんとしなければ。
私はそんなことを考えながら、新しくやってきたお客さんを笑顔で出迎えた。
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