あるいは終焉 | ナノ


「ねぇ高杉、私、花屋になるのが夢だったの」


ぽつりと呟いた声に、俺はそいつを見た。そいつは口元に笑みを浮かべている(しかしその笑みが絶望によって作り出されたものだということを俺は知っている)。
そいつは暫時俺と目を合わせると、再び視線を地面に戻して続けた。


「花屋になって、綺麗な花をみんなに配りたかったの。みんなの喜ぶ顔が嬉しくって。…なのに、」


服のほつれをいじっていたそいつは、ふと視線をあげると目の前に広がる世界を見渡しながら言った。


「なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ」


辺りは一面真っ赤だった。誰とも分からない血、血、血。そいつの長く艶やかな髪の毛にも酸化して赤黒くなった血液がついていた。その陶器のような肌にも、同じように血がこびりついている。これだから女を戦場に出したくなかったんだ。

何故こんなことになったなんてしらねぇよ。そう答えると、そいつは渇いた笑い声をたてた。ソプラノが虚しく空中に響く。


「私も分からないんだ」


軽い口調で言ったそいつは、己の手をじっと見つめる。その瞳が哀しい色を帯びていたのは、すぐに分かった。

何も映してはいない漆黒の瞳。そこに広がるのは深い闇ばかりだった。
それをどうにかしたい、という自分がいる。この際どうなっても構わねぇからその眼に何かを、俺を映したかった。だがどうにもならないのが現実だ。
俺はただそいつを見つめることしかできなかった。


「そりゃ、最初は松陽先生のために戦ってたけど。でも、時間が過ぎていけばいくほど自分が何をしたいのか分からなくなってきたの」
「いっぱい天人を斬って、斬って、もう何がなんだか。自分の生きてる意味も、価値も分からない。存在理由が、ないの」


震える声でそう言ったそいつは手の平をぎゅっと握ると、長いため息をついた。

確かにそうだ。正直俺も何をどうしたいのか分からない。ただただ、自分のなかでのた打ち回る黒いナニカ…つまり本能に従って今まで戦っていた。
もちろん理由は我が恩師のためだ。俺の世界であった恩師を奪われた恨みは深い。
だが、そのあとはどうする?恨みを晴らしてどうなる?結局俺は幕府の奴らと同じことをしてるんじゃないのか。邪魔な者を排除して、自分だけがのうのうと生きていくのか。
今先生が生きていたら、俺に何て言うんだろうか。

そんなことを考えて、俺は頭を振った。

これから敵軍がやってくる。今は目の前のことにだけ集中しなければならない。気持ちを切り替えろ。
すると、隣で刀の手入れをしていたそいつが血まみれの地面に耳をつけた。


「地響き…もうちょっとで囲まれるかも」
「馬鹿かテメェは。もう既に囲まれてんだよ」


鼻で笑う。俺たちの周りには数え切れないほどの天人が集まっいてて、あと数十メートルで完全に包囲されるだろう。
俺は座っていた死体から腰をあげると、鞘からスラリと刀を抜いた。雲に覆われた太陽の反射で鈍く光るそれ。

ちらりとそいつを見ると、刀に見とれていた。相変わらず間抜けな面ァしてやがる。
俺は何の前ぶれもなくそいつの胸ぐらを掴んで引き寄せると、その桃色の唇に自分のそれを重ね合わせた。唇を離すと、もうそこに漆黒の闇など映ってはいない。代わりに、色っぽい、女の顔をしたそいつがそこに立っていた。
俺はそれを喉で笑うと、そいつの輪郭をなぞる。


「どうした?敵は近いぜ」
「う…うるさい…っ」


はっとして元に戻ったそいつと俺は背中合わせに天人と対峙する。
そうだ、と俺は思い出したように声をあげた。


「この戦いが終わったら、テメェに言いたいことがある」
「え、ちょっ…待って!それは私から!」
「はぁ?普通は男からだろ」
「アンタねぇ!乙女心が全然分かってないわ」


呆れたような声でそう言われ多少なりともカチンとくる。がしかし、どうしてかこの感じが堪らなく楽しくもある。
仕方なく俺が折れると、そいつは納得したように頷いていた。


「…じゃあ最後に言わせろ」
「何?」


敵が近くなってきた。もう一人一人の顔が見える。俺は刀を握り直すと、血生臭い空気を吸い込んだ。


「さっきのキスが、テメェの存在理由だ」


すると、しばらくの沈黙のあとに声が聞こえた。


「うるさい、ばーか」


俺は満たされる何かに思わず笑みを浮かべ、迫り来る敵を見つめると、小さく合図をしてそいつと同時に地面を強く蹴り上げた。






あるいは終焉

俺たちが再び出逢う日など、





――――――――――
JOYFES』様に提出
ありがとうございました

(102020)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -