いろいろ | ナノ



盆を持ったままドアを開けると、暗い部屋にパソコンの明かりだけがぼんやりと光る光景が目に入った。外との差があまりにも違いすぎて、しばらくのあいだ部屋の様子を捉えることができなくなる。
何度かまばたきを繰り返して、仕上げに一度ぎゅっと強く目を瞑って再び開ける。そうするとだんだんと薄暗い部屋に慣れてきた気がするのだが、それはあくまで気のせいであって実際に慣れはしないのである。それは今目の前にいるこの部屋の主が真っ当かつ真面目に答えてくれた。

この様子じゃ私がいることも分かってないんじゃないだろうかと入り口のすぐ横にあるスイッチに手を伸ばす。ぱちりと軽い音がして、ようやく部屋に明かりが灯った。部屋の主は思い出したようにパソコンから顔を上げてこちらに振り向いた。後ろ姿しか見せていなかったので、目の下の隈の濃さに驚いた。

「L」
「ああ、いつもすみません」

呟くようにそう言って、再びパソコンに向かう彼に呆れつつも部屋の中央まで進んで行く。
ドアを開けた瞬間から仄かに香っていた甘い匂いは、中央に近づけば近づくほど濃くなっていく。別に嫌いじゃないからいいのだけど、その匂いの発生源はきっと彼にあるに違いない。あれだけ大量に食べていればそりゃあ体の匂いも甘くなるわなって話だ。

「今日はいつになく熱心ですね」
「失礼ですね。私はいつも熱心です」

どうだか、と呟いて、彼の座っている椅子のすぐ隣にある小さなテーブルに盆を置く。するとすぐに不健康そうな白い腕がにゅっと伸びてきて、盆の上の大量の菓子を鷲掴んだ。

「いい加減ちゃんとした食事をとらないと体壊しますよ」
「頭を使っていれば問題ありません」
「肉体的にあるんです」

持ってきたコーヒーに大量の角砂糖を放り込み、片手でパソコンをいじりながら器用にもう一方で混ぜる。あんな甘ったるいもの、よく平然と飲めるな。一気にコーヒーを飲み干した彼に半ば呆れた。

「お風呂には入ったんですか?睡眠は?私が昨日部屋に訪れた時と同じ格好ですよ」
「問題ありません」
「それはどっちの方向で捉えればいいんでしょうか」
「お好きなように」

さらりと言って今度はケーキに手をつける。私のお気に入りのお店で買ったケーキは、彼の手によって一気に半分が消失してしまった。なんてこと。
かける言葉すら見つからず、呆れてため息しか出ない。世界的に有名な彼の実態がこんなものだと知ったら、周りはどう反応するのだろうか。

「今ものすごく失礼なこと考えてたでしょう」
「……いいえ」
「なら目を逸らす必要ありません」
「くっ……」
「そういうのいらないです」
「……」

もう彼に勝てる気がしないので仕方なく黙る。するとちょうどそのときモニター越しの対象に動きがあったらしく、Lはお菓子を頬張りながら画面に視線を戻した。
私はあくまでLの身の回りの世話をするだけの身分なので捜査内容は知らないが、とりあえず自分もモニターを見てみる。

いくつもある画面のうちひとつに対象が映っていて、どうやら女の人と密会しているらしかった。美人だなあと思いながらぼんやり見ていると、二人は熱い抱擁を交わしたのち今度は熱い接吻を繰り返している。
うっ、と思わず画面から視線を外す。ちらりとLを見てみると、熱心にモニターを見ていた。まさか……そういう趣味があるんじゃ……。

「……よく他人のキスなんて平然と見てられますね」
「捜査ですので」

それだけ言ってまた黙り込む彼を見て、捜査だからといってそんな簡単に割り切れるものだろうかと首を傾げた。私なら無理だ。現に、今こうして目を逸らしていても端にちらつく映像に顔をしかめてしまいそうになる。
私にこういう捜査はできないだろうなと心の中で呟いたところで、なにやら視線を感じた。この部屋で私以外にいるのはLだけだ。ちらりと見ると、いつものように爪を噛みながらじっと私を見ていた。相変わらず目力すごいですね。

「気になりますか」
「気になるというより、なんか気まずいですよね。見てはいけないものを見てしまったような」

そうですか。そうこぼして再び黙り込む。何がしたいのだろうか。
ちらりと腕時計を見ると、自分の仕事に戻らないといけない時間だったので失礼することにした。

「では」
「はい、いつもありがとうございます。次はぜひ貴女も味わいたいです」

ぼふっと音がつきそうなくらい一気に顔に熱が集中した。本人はといえばにやりと口角を上げてこちらを見ている。嵌められたような気がした。

「い、いいいいきなり何を言い出すんですか!からかうのもいい加減にして下さい!」
「説得力のない顔ですね」
「――しっ、失礼します!」

無理やり会話を打ち切って半ば逃げるように部屋を出た。乱暴にドアを閉めると、その場に崩れ落ちる。閉める直前に忍び笑いが聞こえたのは気のせいではないだろう。

「ああああもう……」

あれは彼なりの冗談だと分かっているはずなのに、正直かなりどきりとした。ちくしょう、次からどんな顔して会えばいいんだ。廊下に倒れ込みながら、私はそうぼやいた。


共犯者は知らぬ存ぜぬ


しばらくして私の部屋を訪れたワタリが「Lが失礼をしてしまったようで……」と謝りにきたのだが、その焦り具合が尋常ではなかったので逆にこちらが慌ててしまった。
あの嘘つき男め、今度は何を言ったんだ。



(120402)

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