いろいろ | ナノ



いつもの帰り道、幸村はとある女を見かけた。道端に転がった果物や野菜などを拾うその姿に居ても立ってもいられず、自分も足元に落ちていた林檎を拾う。それを彼女のところに持って行き屈んで渡した。一瞬ぽかんとしていた女はぱちぱちと林檎と幸村を見比べ、慌てて頭を下げた。

「ありがとうございます」
「この夕暮れに一人では大変であろう。よければ某も」
「あ、いえ、そんな……大丈夫です」
「最近はここも薄暗くなれば危ないと聞く。もし何かあれば大変でござる。……手伝わせてはくれぬか」
「あの、ええと、はい……それじゃあ、お願いします」

後半は半ば諦めの含まれた声だったのだが、そんなことに気づくことのない彼はにっこりと微笑んで辺りに散らばったそれらを拾い始めた。もともと落ちていた数が少なかったせいかすぐに片付き、満足したように幸村が頷く。しかし、そこでハッと気がついた。

「そっ……某はなんて破廉恥なことを!」
「え?」

物凄い勢いで女から離れていく。女は買い物袋を抱えて首を傾げていた。基本的に周りから『お前の破廉恥はどこからなのか分からない』と言われる幸村であるが、どうやら今の一連の行動も破廉恥に含まれるらしい。だが、目の前にいる女はわけが分からないとばかりにしきりに首を捻っていた。

「あの……?」
「もっ……申し訳ござらん!某は決して疚しい気持ちで手伝ったわけではないのだ!」
「え?……あ、ああ、別に大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「う、うむ……」

顔を赤くして俯く幸村を見て女が小さく笑う。それにびくりと肩を震わせた幸村が恐る恐る顔を上げると、目の前に差し出される林檎。少し青みの残るそれは、爽やかな香りを仄かに漂わせていた。この香りからしてまだ完全に熟れてはいないだろうと、そんなことを考えながらもおずおずと林檎を受け取る。今度こそ林檎の強い香りが鼻を掠めた。

「アップルパイを作ろうと思ったんですけど買いすぎちゃって。お礼にどうぞ。まだしっかり熟れてませんが……」
「あっ、い、いや、有り難く頂きまする!」

林檎の調理に関しては佐助がなんとかしてくれるだろう。勢いよく頭を下げると、再び女が笑った。そのせいだろうか、顔が熱い。体も火照ったようにじわじわと熱を持っていた。一体これは何なのか。考える間もなくどこからか男の声がした。

「なまえ!」
「……あ、祐介くん」

その男は駆け足で女のところへやってくると、息を切らせながら女と何か話していた。やがて幸村に目をやると目を細めて品定めするように上から下まで視線を寄越す。その行為に幸村が少なからず不快感を覚えたのは当然のことだろう。

「大丈夫?……何かされてない?」
「ううん、落とした果物とかを拾ってくれて」
「そう。……ありがとう」
「え、あ、いや」

男の気持ちのこもっていない感謝の言葉に多少たじろぎながらも頷く。女は「それじゃあ」と笑って男とともに行ってしまった。まだ青みの残る林檎と小さな鼓動だけが、幸村の手に残っていた。


それから一週間経ったある日のこと。未だ胸にくすぶっていた小さな鼓動は、大きなしこりへと変化しつつあった。はてさてこれは一体どうすれば良いかと暗い帰り道を歩いていた時、前方から声が聞こえた。
声に聞き覚えがあり立ち止まると、やはりあの時の彼女の声であることが分かった。しかし、声音からして何やら雲行きが怪しい。

「――だから……は違……」
「……さい……せ――だろ」

何事かとそちらへ近づくと、やはり彼女とあの時の男(ユウスケと言ったか)だった。痴話喧嘩だろうか、それにしては激しい戦いである。とその時、男が手を挙げた。これは静観している場合ではないと悟った幸村は素早く男の振り上げていた拳を掴む。男は突然やってきた幸村に驚き、痛みを覚悟していたなまえは呆然としていた。

「お前、こないだの……」
「大丈夫でござるか」
「……あの、はい、大丈夫、です……」

何度も頷く彼女に安堵し微笑むと、今度は男の方に視線を向ける。

「……おなごに手を挙げるとはどういった了見か」
「てめえに関係あるか!離せこの……っ」
「先日お見かけ致した時は恋仲だと思ったのでござるが……。いくらそのような仲であれ、おなごに暴力を振るうなど言語道断。斯様な貴殿にこの御方の隣など務まりますまい。早々に立ち去られよ」

ミシミシと手を握る幸村に怯んだのか、男は幸村の手を振り解くとなまえを睨んだ。

「やっぱりお前らそういう仲かよ。お前みたいな女こっちから願い下げだ!」

そう言い捨て、男は行ってしまった。その後ろ姿を見送ると、幸村はなまえの方に視線をやる。何か言おうと口を開いたところで、爪先で何かを蹴飛ばしてしまった。慌てて足を退けると、そこには赤く熟れた林檎が転がっていた。それを拾い上げると、なまえに渡す。なまえは小さく微笑んでそれを受け取った。

「ありがとう、ございます」
「お怪我は」
「いえ、大丈夫です」
「そうか」
「はい」
「……」

沈黙が辺りを包む。幸村はそれをなんとか打破しようとするのだが如何せん話題が思いつかない。喉の奥に張りついた言葉を必死に吐き出そうとしたところで、向こうが口を開いた。

「……ごめんなさい、貴方を巻き込んでしまって」
「え、あっ、いや!某はただ通りかかっただけで……」
「違うんです」
「へ?」

ぽかんとする幸村に、なまえは説明し始めた。

「あの日あなたが拾うのを手伝ってくれた時、彼は私が浮気したんじゃないかって疑ってきたんです。あれからずっと彼はそのことを引きずってたみたいで、とうとう喧嘩しちゃって。私もはっきり違うって言えば良かったんですけど……」

そこで一度言葉を切ったなまえは、何か言いにくそうに口をもごもごさせたあと観念したように続けた。

「……はっきり言えなかったんです。あの日から、あなたのことを考えると、その……妙に胸が苦しくなって……。だから彼が逆上してしまって」

この言葉を聞きながら、幸村は己の心臓が激しく打ちつけるのを感じていた。これはもしや、期待しても良いのだろうか?すみません、と頭を下げるなまえを見ながら幸村は首を振る。

「そなたが謝ることではない!頭を上げて下され!」
「いえ!何もしていないあなたを巻き込んでしまったし、何より恥ずかしい……」

恥ずかしい、とは先ほどの彼女の説明のことだろう。火が出るのではないかと思うほど顔を赤くさせる幸村は、未だに頭を下げるなまえを前にあたふたしていた。こういう時のおなごの扱いが分からん!地団駄を踏みかけたところで、幸村はそうだと思いついた。

「なれば、何か作って頂きとうござりまする!」
「……え?」
「某は甘味が好物。もし良ければ、その、侘びということで何か作ってくれませぬか」

顔をそれこそ林檎のように赤くさせる幸村を見たなまえは次第に顔を綻ばせ、大きく頷いた。

「喜んで」

これはいけるかもしれない。なまえの笑顔を見ながら幸村はもう一押し、とこっそり自分を勇気づけた。



(101220)

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