いろいろ | ナノ



駅前の広場のベンチでぼんやりと行き交う人たちを見ていると、後ろから聞き慣れた声がした。すぐさま声の主が誰だか分かって、無視を決め込む。関わるのが面倒だ。
しかしそんな私の意志とは裏腹に、声の主は何度も何度も私を呼ぶ。しかも耳元で。鬱陶しいわ。

「なまえちゃん!」
「……なんですか」
「あ、やっと気づいてくれた。こんなところでなにやってんのー?」
「別に、及川くんには関係ないでしょ」
「冷たいっ」

そう言って大袈裟な身振りをする及川くんは、私の幼なじみの幼なじみだ。幼なじみを通して彼と知り合ったのは中学に入ってからで、初対面時にはその容姿に頬を赤らめたりもしたが、直後の「岩ちゃんと幼なじみなら、俺とも幼なじみだね☆」とわけの分からない理論を展開させた彼の一言によりときめきはあっという間に去っていった。短い時間だった。
彼の言動を観察していると、一はこの人とよく付き合っていられるなとつくづく感心する。それくらい中身が残念な人なのだ。

「お洒落してるってことはデート?でも待ち合わせにしては時間が遅いねえ」
「もう、なんできみはひとの傷口をえぐるかなー。振られたの!ついさっきここで!」
「え?なんて?ごめん聞こえなかったもう一回」
「ああああ」

わざとらしい言い方に頭を掻きむしる。及川くんは楽しそうに笑っていた。こういうところが腹立つんだよおおお!一が彼を殴りたがる気持ちが分かる。
ご機嫌な及川くんをぎろりとねめつける。ていうかこの人なんでここにいるんだろう。部活行けばいいのに。

「及川くん部活は?」
「今日は休みでーす。ちなみに本当は俺もデートの予定だったんだけどね、こないだ別れたから暇なの」

そう言ってダブルピースをする彼に少し引く。つーか軽い口調で話す内容じゃない気がするのだが。

「また別れたの……?」
「うん。理由も忘れたから、それだけくだらないことだったんじゃない?」
「相変わらず軽いなー」
「そういうなまえちゃんはなんで振られちゃったわけ?浮気でもされた?」
「そんな感じー。待ち合わせしてたら、彼がお前より好きな子ができたから別れてくれって」
「あー、それはあれだね、もう既に付き合ってるね」
「やっぱり?」
「うん。ていうかさっき見かけたし」
「……」

頭を抱えたくなった。私と別れたその足で新しい彼女とデートとか、タチ悪いわ。もうちょっと時間を置けよ馬鹿。
ショックよりも呆れが勝ってため息しか出てこないというのは、それだけ薄い関係だったということなのだろうか。実際振られたが、そこまで悲しくもない。デートの予定だった時間がぽっかり空いて、どうしようか悩むくらいだ。そういうことだろう。

再びぼんやりしていると、隣に腰掛ける気配がした。及川くんだ。及川くんは鼻歌を歌いながら景色を眺めている。普通ここは失恋した私を慰めるところだろう。

「鼻歌なんかやめて私を慰めてよ」
「えーヤダよ。だいたいなまえちゃんそこまで残念そうじゃないし。それを言うならそっちこそ俺を慰めて」
「その台詞そっくりそのまま返すわ」
「返品します☆」
「……」

彼と会話するのもなんだか疲れてしまって、私はがっくりとうなだれた。グダグダだ。この日のために用意したパンプスが目に入る。なんだか色褪せて見えた。
はあ、とため息をつくと、不意に及川くんが私の肩に腕を回してきた。思わず顔を上げると不敵な笑みを浮かべる及川くんと目が合う。近い。

「このまま帰るのもアレだしさあ、これから2人でデートしない?」
「……私、そういう傷の舐め合いみたいなの好きじゃないんだけど」
「いいじゃんいいじゃん、傷の舐め合い。傷物同士仲良くやろうよ」
「あのさ、及川くんさっきから近いよ」
「ね、デートしよう」

そう言って顔を近づける及川くんに、あの日消え失せたはずの胸のときめきが再び蘇ってくる。ちょっと、私こういう、乗り換えるようなお付き合い嫌いなのに。ましてや相手は及川くんだ。周りからなんて言われるか。
小さくこぼすと、及川くんはへらりと笑ってみせた。彼がぐっと近寄って、その距離が縮まる。

「1日くらい、いいデショ?なまえちゃん」

綺麗な笑みでそう言われて、我慢できずにうつむいた。頬が熱い気がするのは気のせいだと思いたい。すぐ近くで、及川くんの忍び笑いが聞こえた。

「……私、見たい映画があったんだ」

ちらりと彼を見上げて、また目を逸らす。だから、と続けようとした矢先、及川くんはおもむろに私の手を取るとベンチから立ち上がった。手を握られているおかげで私まで立たされて、バランスを崩して前のめりになる。それを受けとめた及川くんの身体はとても暖かい。

「いいねえ映画!俺、ちょうどこんなチケット持ってたんだよね」

そう言って彼がちらつかせたのは偶然なのかなんなのか、私が見たかった映画のチケットで、なんだかもう笑うしかない。
及川くんは私の手を握りなおすと、ゆるく目を細めてみせた。
歩き出す彼の隣を私も歩く。褪せて見えたパンプスは、今度こそ綺麗に輝いていた。



(140411)

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