いろいろ | ナノ



長い任務を終え、さあゆっくりしようと思っていた矢先のことだった。機嫌よく廊下を歩いている途中、いきなり背後から腕を掴まれたかと思うと勢いよく壁に体を叩きつけられた。
突然のことに頭がついていけない。何度も目を瞬かせて、ようやく目の前にいる人物が誰か判別することができた。

「伯言殿……」

孫呉の出世頭である若い軍師は、私の肩を強く掴んで壁に押しつけながらぎゅっと眉を詰めている。どことなく苛立っているように見えた。
しばらく睨みつけていた伯言殿は、やがてゆっくりと口を開いた。

「今まで何をしていたんですか」
「えっ、長期任務です」
「そうじゃありません」
「長期任務から戻って殿に報告をしてました」
「そうでもなくて!」

私の肩を掴む力をさらに強くして声を荒げる。かなり苛立っているみたいだ。
そのあまりの迫力に驚いて何も言えなくなっていると、伯言殿は慌てて謝った。それでも何故か肩を掴む手は離してくれない。

「それで、用件は?」

私がそう言った瞬間、伯言殿は唖然として口をぱかりと開けた。しばらくの間そうしていた彼は、やがて我に返ったようにはっとすると軽く頭を振る。少し可愛いなと思ったのは私だけだろうか。
伯言殿は何度か深呼吸をしてから「質問を変えます」と言うと、ゆっくりと区切りよく私に問いかけた。

「貴女は、何故、長期任務を受けたのですか」
「ええと、公瑾殿から直々にそう下命されたので」
「普通上司の私にも話を通してから任務にあたるべきではありませんか」
「えっ、公瑾殿から何も聞いてなかったんですか?てっきり二人でもう話をつけていたのだとばかり……」

公瑾殿が伯言殿に話をして、伯言殿も了承のうえでのことだと思っていた私は驚いて伯言殿を見た。伯言殿はあからさまに呆れた顔をする。

「それでも報告はするべきでしょう……」
「時間もないからなるべく早くに任務にあたるよう言われたので」
「……もういいです。そのあたりは私が周瑜殿と話をしておきます」

埒が明かないと悟った伯言殿がため息混じりにそう言う。はあ、と頷いたところで今度は睨まれた。

「貴女は私の部下です。せめて人伝いにでもいいから私に言うのが筋でしょう」
「……申し訳ありません」
「いきなり貴女がいなくなって私がどれだけ心配したことか……」

額を押さえながらそう言って伯言殿はため息をついた。そういえば、よく見ると目の下にうっすらと影が見える。
公瑾殿から聞いておれば良かったのに、と口走ると、鋭い目つきでねめつけられた。

「もちろん貴女がいなくなってからすぐに周瑜殿に尋ねましたよ。だからこそ私はいま頭にきているのです」
「私がどこにいたのか分かったから良かったじゃないですか」
「そうじゃないでしょう!」

普段は温厚な伯言殿が急に声を荒げたので、つい反射的に謝ってしまった。
伯言殿のその迫力に気圧されて何も言い返せず、黙って続きを待つ。深呼吸を数回してようやく自分を落ち着かせた伯言殿が、真剣な面持ちで口を開いた。

「――別に、任務に行くなというわけではありません。大事なのは私にその旨を伝えてからにしてほしいということです」
「はあ」
「貴女は前からふらふらする人ではありましたが、こんな長期間に渡っていなくなるなんて予想もしませんでした」
「……申し訳ありません」
「周瑜殿に尋ねるまで、どれだけ私が心配したか……!」
「……」
「ええ、心配しましたとも。普段はそんなことおくびにも出さない私ですが、大切な部下……いえ、少なからず好意を持った方がいきなり姿をくらませればそれは動揺するし夜も眠れなくなりますよ」
「……あの、伯言殿」
「何度甘寧殿の屋敷に火矢を放ったことか……」
「熱弁の最中におそれながら伯言殿、いろいろとまずい単語が混ざってます」

大丈夫ですか、と伸ばした手は、触れる直前で本人によって掴まれてしまった。片方は肩から壁に押さえつけられ、もう片方は手を掴まれる。
私の逃げ道は完全に閉ざされた。

「……まさかとは思いますが、誰かと閨を共にしたなんてことありませんよね」
「とんでもない!仮にも兵である私に、そこまでできませんよ」

普通の民とは違う鍛え方をしているのだ。もし閨を共にすれば、それなりに戦をくぐり抜けている相手であればすぐに見抜かれてしまう。そのようなへまなどできるはずもない。
そんなことを説明すると、伯言殿はなるほどと頷いた。頷いたはいいが、私を解放する気配はない。むしろ、獲物を見つけた虎のような目つきである。

「……あの、伯言殿」
「ならばそれを確かめる必要がありますね」
「え?いや、私は事実しか申しておりませんが――」
「上司の許可なく勝手に任務に出るような方の信用などありませんよ」
「え?それってつまり職権濫用……」
「そうと決まればさっそく確認しましょう」
「え?確認?」

伯言殿はいきなり私を壁に押しつけたのと同じようにいきなり私を引っ張り、私の行きたい方向とは真逆の道へ進んでいく。

罰則です。そう振り向きざまに言った彼の、とても爽やかな笑みは一生忘れられない。






(130628)
このあと彼は一時のテンションに身を任せたことを後悔すればいいと思う

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