いろいろ | ナノ



今日は風が強い。壁の上だと特にそれが実感できる。少し砂を含んだ風がリヴァイの短い髪を掻き乱した。眼下に広がるかつての街を一瞥して、さらに歩を進める。
ここ数日続いていた慌ただしさもようやく落ち着き、新兵もそれなりに確保できた。新兵の加入に加えて他の団からエルヴィン団長による異例の引き抜きも行った。それなのに何故彼が壁に立って駐屯兵の真似事をしているのかといえば、人を探しているのだ。

「おいテメェ……ここで何してやがる……」

延々と続く壁をしばらく歩いて、やっとその探し人を見つけた。彼女――探し人は女だった――は後ろにずらした固定砲にもたれながらぼんやりと口笛を吹いていた。

「お前だろ?駐屯兵団から調査兵団への異例の引き抜きが行われた奴ってのは」
「……ええ、なまえです。以後お見知りおきを。そちらはリヴァイ兵長ですね」
「転属したってのに挨拶もなしとは、ずいぶん気楽な奴だな」
「? ……いえ、挨拶回りは一通り行いましたよ。リヴァイ兵長は忙しいので、また後日で構わないとエルヴィン団長が」

ぽかんと首を傾げてそう言うなまえに、リヴァイが「エルヴィンの野郎……」と舌打ちする。それについ笑みをこぼすなまえを一睨みして黙らせた。

「……不思議ですよね」

ふと呟くように言った彼女の言葉の続きを、リヴァイは無言で促す。なまえは壁から投げ出された両足をぷらぷらさせながら続けた。

「駐屯兵団から憲兵団に転属されるのが当たり前なのに、調査兵団に転属なんて」
「……お前は憲兵団に行きたかったのか」
「まさか!あんな塵の掃き溜めみたいなところまっぴらごめんですよ」

そう言ってからからと笑ったなまえは、ひとしきり腹を抱えたあと「ここだけの話ですけど」と目尻を拭った。

「実は私、憲兵団に転属命令が出てたんですよ」
「……おい、まさかお前、さっきと同じこと言ったんじゃねえだろうな」

嫌な予感がして彼女をねめつけると、なまえが楽しそうに笑った。彼の予感は的中したらしい。

「なるべく丁寧に言ったんですが、あちらがたいそうご立腹なさって。危うく首が飛ぶところでした」
「……」
「そこへ運良くエルヴィン団長がいらっしゃって、ぜひ調査兵団にと誘うので」

エルヴィンもちょうど彼女を調査兵団に勧誘しようというところだったらしい。憲兵団に行きたくないなまえと彼女を引き入れたかったエルヴィンの話はすぐまとまり、その場でほぼ手続きを済ませたという。
呆れて何も言えなくなったリヴァイがまた舌打ちをもらした。もはや彼にはあの男の考えていることがまったく分からない。

「エルヴィン団長も物好きですね。なんで私なんでしょうか」
「俺の知ったことじゃねえ」

5年前の超大型巨人によるウォール・マリア、先日のウォール・ローゼの危機を乗り切って生き残ったのだから、それなりに腕は立つのだとは思う。だがそんな素振りなど一切ない。ふらふらして頼りがいがないというのがリヴァイの第一印象だった。あのエルヴィンのことだから何か思うことがあって彼女を引き抜いたのだろう。
リヴァイにしては珍しいため息を吐き、頭に渦巻くたくさんの疑問を無理やり頭の隅に押し込んだ。あとでエルヴィンに理由を訊けばいいだけの話だ。
釈然としない気持ちを抱えたながら、巨人化できる青年に間近で会ってみたいとこぼすなまえの背中を蹴り上げる。壁から転げ落ちそうになる彼女に多少愉快な気分になった。

「あぶっ……危な!何するんですか!」
「喚くな、耳が痛い。――エルヴィンの野郎がお呼びだ」
「ええ、どうして」
「これから会議だとよ。テメェがふらふらしてるから、この俺がわざわざ探しに行く羽目になったってことを理解しろ」

会議と聞いてあからさまに嫌な顔をするなまえの首根っこを掴むと、リヴァイはそのまま歩き始めた。彼女は彼女でさして暴れるわけでもなく、痛いともらしながらされるがままになっている。
本当にこんな女で大丈夫だろうか。エルヴィンが人違いで手続きをしたのではと心配になった。

「……ひとついいか」
「ええ、どうぞ」
「お前……今までどうやって生き残って来れた?」
「……兵長、そんなの、簡単ですよ」

なまえが苦笑する。ほんの僅かの沈黙のあと、なまえが呟くように言った。

「上司仲間を犠牲に、見殺しにしてきたんです」

――至極簡単なことですよ。
自嘲の含まれる声だった。それに対してリヴァイは、そうか、とだけ答える。彼女のやっていることは普通で、それが当たり前なのだ。ただ、ようやく彼女がただの変わり者でないことがよく分かった。それだけで充分だ。おそらく後日行われる遠征でも、なまえは生き残れるだろう。そんな気がした。まあ、彼の勘だけれども。

「あーあ、会議なんて嫌になっちゃう。せっかく逃げてきたのに」
「……確信犯かテメェ」
「三十六計逃げるにしかず、ですよ」
「逃げ切れてねえじゃねえか」
「今日はわざとです」
「……」
「それより引きずるのそろそろやめて下さい。服が」
「却下だ」
「……」



(130411)
兵長になら蹴られてもいい

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