いろいろ | ナノ



――おかしいぞ。何かがおかしい。これはいったいどういう状況なんだ。

今日も今日とて元気はつらつに部活に向かう翔陽を見送ったあと、彼のロッカーにシューズがあるのを発見してそれを届けに行っただけだ。それなのに。

「翔陽ー?」

体育館には人がいるらしく、ボールの弾む音がする。そっと中を覗き込んでみると、背の高い男の子がひとりいるだけだった。翔陽はいないのかと辺りを見回すが、やはりいない。
男の子はようやく私に気づいたのか、「どうした」と近づいてきた。

「え、あっ……翔陽いませんか?シューズ忘れて行ったみたいで」
「あ?あいつならついさっき取りに戻ったけど」
「あー、すれ違ったかー」
「まあしばらく待ってれば帰ってくるだろ」
「はあ……それじゃあお言葉に甘えさせていただきます」

そう言ってお互い黙り込む。私も特に話す内容もなかったので、ネットの張られた体育館をぼんやり眺めていた。
ちょっとの沈黙のあと、ふと何かを思い出した男の子が口を開いた。

「ていうか日向のこと翔陽って……」
「ああ、幼なじみなんです」
「じゃああいつがよく話すなまえってお前のことか」
「ええ、まあ。そういうきみは、えーと、あー……」
「影山飛雄」
「影山くん、ね」

この人が影山くんか。クラスが違うから知らなかった。翔陽から話は聞いてたけど、思ってた以上に背が大きい。すごいなーこれで私と同い年かー。何食べたらこんなに大きくなるんかなー。
くだらないことを考えているうちに、また沈黙が流れだした。ほぼ初対面の人と黙ったままというのもなかなかきつい。それより影山くんは私のところにいないで自主練でもしたらどうだろうか。この気まずい空気、苦手だ。

そんなことを思いながらちらりと彼を見ると、ちょうど目が合ってしまった。慌てて目を逸らす。私は気まずさの頂点にいた。
翔陽の馬鹿野郎早く来いよと心の中で悪態をつく。あの空気クラッシャーがいれば気まずさは晴れるし私は帰れるのだ。なのにあのクラッシャーはこの空気ではなく、私の計画をクラッシュしやがった。絶対に許さない。

気まずさの境地にいて何も考えられない私の髪の毛に、何かが触れた。びっくりしているとその何かはゆっくりと髪の毛を梳いていく。
――ゆび、だ。誰のものかは言わなくても分かるだろう。

「え、あ、え……?」
「……」

しばらく髪の毛を梳いているうちに、不意に影山くんの指が頬に触れた。そこから一気に熱が広がっていく。顔が赤くなっているのがバレないようにと急いで俯いたが、逆効果だった。

「あっ……あの、影山くん、ちょっと」
「うるせえ」
「すいません……」

どういうことだ。どうしてこんなことになってるんだ。私はただ、翔陽の忘れ物を届けにきただけなのに。

顔も体も熱い。うるさい鼓動が聞こえないようにシューズを強く抱え込んだ。
彼の指が、髪の毛を一房掴んでそっと耳にかける。熱を持つ真っ赤な耳が外気に触れてひんやりした。頭上でくすりと小さく笑う声がする。恥ずかしい。帰りたい。もう少しだけこのまま。

俯いたままの視界が限られている世界を、私は自分の意志で閉じた。こうすればもう何も見えないし、少しは恥ずかしいのも薄れる。
耳たぶを優しく撫でられて体が跳ねた。しまった、目を閉じたのは間違いだった。そう思ってゆるゆると瞼を開けると、視界一面に黒が広がっていた。
え、と声をあげる前に、こめかみに柔らかくて暖かい感触がして、それで私の思考はショートする。ゆっくりと離れていく影山くんの体に、ようやく今なにをされたのかを悟った。

「えっ、あ……あの」
「おーいなまえーっ」
「うわあああああ!!」

口を開こうとしたところで、背後から聞こえた懐かしい声にさらに体が跳ねた。思わず持っていたシューズを影山くんに押しつけると、踵を返してその場から逃げる。

「あっ……ちょ、おい!」
「え?なまえー!なんで逃げるのーっ」
「忘れ物届けにきただけだから!さようなら!」

シューズを押しつけられて戸惑う影山くんと状況が分からず混乱する翔陽を置いて、それだけ言って体育館をあとにした。もういたたまれなかった。
さっきのことを思い出してさらに顔が熱くなる。こめかみの部分は、未だ火照ってかなわなかった。






(130107)
日向くんが幼なじみの子の話をしてて、それを聞いてたトビオくんがその子に一方的に惚れてたからこんな暴挙に出たんだよって話。アホの子トビオくんはアプローチの仕方を知らないらしい

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