クレイジー・ハイジンクス | ナノ



女将さんにお遣いを頼まれた帰り、まだ時間に余裕があったのでちょこっと寄り道をした。地元じゃ一番繁盛している商店街の一角で、お土産の中華まんを吟味しているときのことだ。
中の具を何にしようかとうんうん考え込んでいると、不意に後ろから肩を叩かれた。振り返ると知らない男がにこにこと微笑んでいて、誰だろうと訝しんでいると男が口を開いた。

「久しぶりだねゆきちゃん。僕のこと覚えてる?」
「えっと……?」
「覚えてない?ほら、小さいころいつも一緒に遊んでやったじゃないか」
「……あっ!」

笑った目元に見覚えがあり、しばらく逡巡してようやく思い出した。小さいころに私を地面に叩きつけた平田の野郎だ。憎らしい笑みが思い出されて、その場から立ち去ろうと踵を返したところをすかさず捕まれる。なんで私を構うんだよ。離せよ。

「ゆきちゃん、なんか変わったね。大人っぽくなったよ」
「はは……そりゃどうも」
「昔のころのゆきちゃんも可愛かったけど、今も可愛い」

そう言って笑う平田に、鳥肌が立つ。気持ち悪い。なんとか自分も笑顔を作るが、引きつってないか心配だ。

「そういえばこの間きみのお母さんに会ったよ」
「はあ」
「お母さんがこぼしてたよ。あの子は彼氏も作らないで家を出て行って、って」
「はは、そうですか……」
「そうそう、僕、玉子焼きはしょっぱい派なんだ」
「うん……うん?」

唐突な切り出し方に思わず首を傾げる。いきなり玉子焼きの好みを語り出した彼に、頭上の疑問符は増えていくばかりだ。

「朝はもちろん和食だし、僕の嫌いなものは入れないでよね。あと愚図は嫌いなんだ。ゆきちゃんのお母さんによればきみはそこまで鈍いわけでもないみたいだし、まあ、多少のミスは許せるよ」
「あ、あの……一体なんの話を……」

阿呆面で固まる私を余所にどんどん話を進める彼に、とうとう我慢の限界がきた私がそう尋ねると、彼はきょとんとしてとんでもないことを仰った。

「何って……きみと付き合ってやってもいいよって言ってるんだけど」

目眩がした。なんだこいつ。なんなんだこいつ。
よくよく話を聞けば、母からいつまで経っても恋人の出来ない私のことを心配している旨を聞き、それならばと私と『付き合ってやる』ということらしい。だからいきなり玉子焼きの話やらをされたわけだ。付き合ってやるんだから自分の好みに合わせるのが普通だと。なるほど、さっぱり分からん。

あのころからちっとも成長していない――いや、むしろとんでもなく悪い方にレベルアップした平田は、にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべている。
こいつとまともに話し合うことは不可能だ。何を言っても自分の都合の良いようにしか解釈しないだろうと悟った私はさっそくこの場から逃げようとするが、目敏い平田は私の両肩を掴んで離さない。次第に掴む力が強くなっていき、痛みに顔をしかめる。
やめて、と言いかけたとき、不意に両肩の圧力が消えた。あれ、と閉じていた目を開けると、そこには高杉くんがいた。平田も高杉くんの突然の登場に驚きを隠せていないみたいだ。

「高杉くん」
「お前よォ、変なやつに絡まれんの得意だよな」
「痛っ……ちょっと、離してくれよ。僕はこの子と話してるんだから」
「一方的にまくし立てて逃げる術を奪ってんのは会話とは呼ばねえよなァ」

そう言い放つと、高杉くんは掴んでいた平田の腕を離し、私を連れて歩き出した。ぽかんとする平田の顔。ざまーみろ。

しばらく歩いて商店街を抜けると、高杉くんはようやく立ち止まった。盛大なため息をついて、私をひと睨みする。

「ちったァ警戒心を持て」
「そんなこと言われても……いきなりのことで体が動かなくて」

その答えにまたため息。ここの世界の高杉くんは、ため息がお好きなようだ。

「嫌ならせめて抵抗するなりしろ。あんなんに構ってると勘違いされるぞ」
「ごめんなさい」
「……ちっ」

小さく舌打ちをして、乱暴に頭を掻いた高杉くんは私を一瞥すると、私の手を取り再び歩き出す。平田に触れられていたときよりも暖かくて優しい。妙に安心した。

「つーか、あいつ誰」
「ああ、平田さんちの一人息子。小さいころから自意識過剰で、昔はよくいじめられてたんだ。私の恋人になってやってもいいんだって」
「それなら尚更さっさと逃げろよ」
「ごもっともです……」

また、ため息。一日に何度もため息を吐かれるとさすがの私もへこむものがある。
そのときふと、首を傾げて高杉くんを見た。

「……高杉くん」
「くんって呼ぶなっつってんだろうが。なんだよ」
「なんで商店街にいたの?この時間なら、いつも家にいるよね」
「……」

高杉くんが黙る。私の記憶が正しければ、この時間帯彼はいつも家にいるはずだ。いつも暇だなんだと言って私に構ってくるから覚えている。
言葉に詰まっているのか、高杉くんは無口だ。

「……もしかして、私の帰りが遅いから心配してた、とか?」

ちらりと高杉くんを見る。不機嫌そうな顔だ。この顔はたいてい、知られて欲しくないことがばれたときに見せる。――なるほど、図星か。

「ごめんね、女将さんたちのお土産を選んでたらうっかりあいつに捕まって」
「……知るかよ」

吐き捨てるように言ってそっぽを向く高杉くんがなんだか可愛らしい。素直じゃないなあ。あちらの高杉さんと比べると、少し子供っぽい。それもまた、新しい発見だ。
早歩きだった高杉くんの歩調はいつの間にか緩やかになっていて、そのさり気ない気遣いが心地良い。

ちなみに関係ない話だが、私は玉子焼きなら甘口派だ。残念だが平田とうまくやれそうにない。そして最近知ったところによると、高杉くんも甘口派だそうだ。



いろをわけてあげる


(131203)
あっちと区別するためにこっちの高杉にはくん付けする主人公とそれが気に入らない高杉くん

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