クレイジー・ハイジンクス | ナノ



今年も綺麗に桜が咲いた、と女将さんが喜んでいた。旅館の近くに地元では有名な桜並木があって、観光客がうちに泊まるのでそれなりに忙しい。
そんななか休みを頂いて、行くところといえばもう決まっている。

「高杉さーん、お花見しませんかー」
「帰れ」

にべもなく断られた。だけどそんなことで折れる私ではない。
窓辺にもたれている高杉さんのそばまで近寄ると、再び花見に誘う。高杉さんは煩わしそうに眉を顰めてうなだれた。……なんだかいつもと様子が違う。

「気分でも悪いんですか?」
「上々だ」
「あとそこはかとなくアルコールの匂いが……。もしかして二日酔いですか」
「違ェよ」

たぶん二日酔いだ。この季節ならきっとお花見でもして、しこたま飲んだんだろう。昨日行ったならさすがに二日続けてお花見はつらいかな。体調も悪そうだし、今日は大人しく帰ろう。そう思って立ち上がると、今度はものすごい睨みを食らった。

「どこ行く気だテメェ……」
「えっ、いや、高杉さん具合悪そうだし邪魔するのも良くないかなって」
「悪くねえって言ってんだろうが」
「でもその様子じゃお花見できませんよね。お花見はまた今度にして、今日は大事を取って休んだ方が」
「大袈裟にすんじゃねえよ平気だ」

私の発言の何かが癪に触ったのか、高杉さんはそう言うといきなり立ち上がった。問題ないことをアピールしているのだろうか。
そんなことを考えているとおもむろに私の腕を掴み、ぐいぐいと襖まで歩いて行く。

「えっ、えっ?どこ行くつもりですか?」
「花見すんだろ。さっさと連れて行け」
「えっ、私が連れて行くの?それより高杉さん二日酔い……」
「だから余裕だっつってんだろ」

明らかに余裕そうには見えないが、彼のプライドを傷つけないためにも敢えて黙っておくことにした。

「どうなっても知りませんからね」
「ああ、安心しろ」

***

啖呵を切ってわずか数歩、高杉さんは低く唸って私にもたれかかる結果となった。仕方なく旅館の庭に咲いている桜の場所まで半ば担ぐようにして案内し、濡れ縁に彼を座らせる。水を持ってこようとしたがそれは高杉さんに止められた。
少しの間俯いていたが、頭痛が治まったのかぼんやりと桜を眺め出した。一本しかないが、綺麗に咲いている。

「綺麗ですねえ」
「そうだな」
「外の桜並木はもっとたくさんあってもっと綺麗なんでするけど」
「そうか」
「高杉さんのところはどうですか?」
「……あまり変わんねえな」

ここよりもっと騒がしいが、とつけ足してそれきり黙ってしまった。よほど二日酔いがひどいのだろう。そんなふうには見えないけども。
しばらくの間お互い無言で桜を眺めていた。私の想像ではお弁当や飲み物も広げられているはずだったが、今回は仕方ないだろう。

桜の匂いが届いてきやしないかと期待していたが、残念なことに隣からのアルコールと紫煙の匂いしかしない。雰囲気ぶち壊しである。
呆れ笑いしか出ずにいたところ、肩に衝撃が走り殴られたのかと咄嗟に謝った。が、よくよく見れば高杉さんが私の肩に頭を乗せただけだった。突然のことに固まる私をよそにそれはゆっくりと重力に従って下におりて行き、最終的に私の膝に到達した。いわゆる膝枕である。ちょっと緊張する。

そっと高杉さんの顔を覗き込む。寝ているようだった。
通常なら他人に自分の寝ている姿なんて見せない人だ。まあ二日酔いなのに私の我が儘に無理して付き合ってくれたあたり、しょうがない。目が覚めるまではそっとしておくことにしよう。

「小春日和だねえ」

誰に返されるでもない独り言をぽつんと呟く。その瞬間少し大きな風が吹いて、私たちの髪の毛を軽く掻き乱した。ほほう、君たちが返事をしてくれるのか。
風に飛ばされて桜の花びらがふわふわと舞っている。そのうちの一枚がゆっくりとこちらに近づいてきて、やがて高杉さんの髪の毛にそっと不時着した。その組み合わせがあまりにも似合わないものだから、つい笑いがこみ上げてくる。
なんだかこんなお花見も悪くないと思った。



時々やさしく撫でてね


(130319)
二日酔いにかこつけて、しれっと甘える高杉さん的な

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