クレイジー・ハイジンクス | ナノ



それから約半年が過ぎた。あの日を境に高杉さんの部屋へは行けなくなり、襖の向こうは殺風景な息子の部屋に繋がっている。でも本来はそれが当たり前で、高杉さんのいる世界などありえないのだ。

「ゆきちゃん、ちょっと買い出し頼みたいんだけど、いいかしら」
「はーい、大丈夫ですよ」

ぱたぱたと女将さんのところへ向かう。
半年前の電話以来、息子から連絡はないらしい。完全に私のせいだ。けれど女将さんは仕方ないと笑うだけで、余計に罪悪感に苛まれる。しかし気まずいと感じていたのは私だけで、女将さん本人はあっけらかんとしていた。それで毒気が抜かれるというか、ちょっと拍子抜けてしまう。本当は胸が引き裂かれるほどつらいのに。

「ここに必要なものは書いてあるわ。……一人で行けるかしら?」
「大丈夫です!そんなに見くびらないで下さいよ。もう昔みたいに梅木さんのお供がなくても行けますから!」
「そうねえ」

そう含み笑う女将さんに、私もつられて笑う。昔は買い出しに行く度に道に迷ってしまって、最終的に梅木さんに迎えに来てもらっていたけど、今はそんなヘマはしない。それだけ私も成長したのだ。あと迷いやすいところに旅館があるのもいけない。
少しの間ほのぼのとした空気を味わっていると、廊下から慌てたように梅木さんがやってきた。

「女将さん!」
「梅木さんってば廊下走っちゃだめですよ。私に注意するくせに」
「うるさい!今はそれどころじゃないのよ!」

ぴしゃりと言われ黙り込む。そんな私など知ったふうではない梅木さんは、息を切らせながら女将さんと顔を合わせる。

「女将さん……大変です……!」
「大変って……一体どうしたの?」
「お客様が――お客様が女将さんに合わせろ、と……」
「新手のチンピラですかね?脅しとか」

うげ、と顔をしかめると、女将さんはきりりとした顔で廊下を歩いて行った。私も気になるがこれから買い出しに行かないといけない。まあチンピラなら関わりたくはないが。しかし私の靴はお客様玄関にあるときた。雑用をこなすときの悪い癖だ。こればかりは未だに梅木さんに注意される。
私はため息をつくと、買い出しのメモとエコバッグを持って表玄関に向かった。
するとその時、玄関から女将さんの短い悲鳴が聞こえてきた。何事かと走り出そうとした私を、通りがかった女中さんが引き止める。

「大丈夫、早く買い物行ってらっしゃい」

どんだけ私を邪魔者にする気なんだ。
むすっとしながら玄関に向かうと、女将さんが若いお兄さんに抱きついていた。それを見てすぐに分かった。きっとあの青年が、女将さんの息子なのだろう。それなら梅木さんたちが慌てる理由も、女将さんの悲鳴も納得がいく。それと同時に、息子に怒鳴ったあの日の記憶が蘇ってくる。わ、私悪くねーし!
そそくさと通ろうと俯いて歩く。顔がばれているわけではなかったが、なんだか気まずかった。

うつむく息子に抱きつく女将さんからは、啜り泣く声が聞こえる。息子は小さな声で何度も「ごめん」と呟いていた。ようやく仲直りしたのだ。
微笑ましい気持ちになって、そのまま横を通りすぎる。その瞬間、腕を掴まれた。突然のことに驚いて振り返る。刹那、目を見開いた。

「なあ、お前……」

驚いたようにこちらを見る息子は、訝しげに眉を潜めた。そして何かを考えるように目を細める。その仕草を、私はずっと前から知っている。すぐそばで、ずっと見ていたのだから。

「俺の勘違いだったら悪ィんだが」

息子の紫がかった髪の毛がさらりと揺れる。鋭く目つきの悪い右目。あの人と違って包帯ではなく眼帯で左目を隠していた。ここまで似るものなのかと思わず笑いたくなった。
知り合いだと言うから、つい違う人かと。本人だと言ってくれれば良かったのに。でも確かに、ふてぶてしさは本人そのものだ。そういえば女将さんの苗字は確か、

「俺とおまえ……前にどこかで逢わなかったか?」

その言葉に、私はにっこりと微笑んだ。

「また、お逢いしましたね」


END
(110607)

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