クレイジー・ハイジンクス | ナノ



昨日のことで私は気落ちしていた。女将さんの前で息子にとんでもないことを怒鳴り散らしてしまった。
女将さんは構わないと言ったけど、やっぱり気になる。恩を感じている人の息子を怒鳴るなんてありえない、自分。

「はぁぁ……」

深いため息をついて廊下を歩く。ちなみに今日も仕事なのだが、とんでもなく暗い顔でいられるとこっちまで辛気臭くなるから休め、と梅木さんに叩き出されてしまった。よって今日は休みだ。
そして、いつもの癖で高杉さんのいる部屋の前まで来ていた。私の部屋は隣なのに。この癖は早めに直さないといけない。あと少しで扉も閉まると言うし、直して損はないだろう。無くすものは多いだろうけど。

「失礼しまーす……」

襖を開けてのっそりと部屋に入ると、いつものように三味線を弾いていた高杉さんが顔を上げて「よォ」と笑った。
それを曖昧に笑って返すと、高杉さんが三味線を置いて私を呼ぶ。

「……ゆき」
「なんスか」
「来い」

言う通り高杉さんのところまで近づくと、高杉さんが私を抱きしめた。顎が彼の肩に当たって地味に痛い。
文句を言おうとして口を開いたが、高杉さんがあんまりにも優しく頭を撫でるもんだからそれも諦めてしまった。

しばらく沈黙が続いて、その間も高杉さんは私の頭を撫でていた。なんだか私の感触を覚えようとしてるみたいで、気落ちしてるのに余計落ち込んだ。

「……お前がこの部屋を出たその瞬間、扉は閉まる」
「え――」

そんな、と動こうとすると、高杉さんが私の頭を肩に押しつけてそれも叶わなくなる。
私は突然のことで頭がうまく回らないでいた。

「なんで……」
「お前があっちで何かやらかしたからに決まってらァ」
「……何か、ですか……」
「例えば、お前が息子と接触するとかな」
「……!」

――電話。
はっと息を飲むと、高杉さんがくつくつと笑う。どうやら自分の推測が当たって、予想以上に反応した私が面白いらしい。少し悔しい。

「――でも、どうして分かったんですか」
「んなの、お前が暗い顔して入ってくるからもしかしてってな。勘だ」

勘だけでそんなことまで分かるのか。悶々と考えていると「お前の顔は分かりやすくて助かる」と高杉さんがこぼした。
しかし、くつくつ笑う声に覇気はない。無理してるみたいに感じられた。

「高杉さん、何か無理してませんか」

呟きにも似た問いかけに、高杉さんの笑い声はぴたりと止まった。そしてまた降ってくる沈黙。どうやら図星らしい。
この状態をどうしようかと考えあぐねていると、私の髪を梳きながら高杉さんが口を開いた。

「お前がここにいてくれればいいのに」
「……」
「俺を自分たちと対等に、平等に接するやつなんていなかったから、存外お前といて楽しかったぜ」
「そう、でしょうか」
「ああ。お前みたいなやつが俺の隣にいて、間違ってることは間違ってると叱って道を正してくれれば、俺はどんなに助かったか」

自嘲気味な声音を聞きながらふと窓の外を見る。黄昏が近かかった。

「もう少し昔にお前と出会ってれば、……俺は変われたと思うか?」
「……その憎たらしさは変わらないと思いますよ」
「はっ、違いねェ」

小さく笑った高杉さんは一呼吸置くと、真剣な声音で喋り出した。

「俺の言うことをちゃんと聞けよ」
「――なんですか」

いつの間にか高杉さんは髪を梳くの止めていた。私の頭に手を添えたまま高杉さんは続ける。

「旅館の女が持ってた写真、あるだろ」
「ああ、はい。可愛らしい男の子でしたけど」

それがどうしたんですか。写真の男の子を思い浮かべながらそう尋ねると、高杉さんがふっと笑みをもらした。

「あいつ、俺の知ってるやつなんだ」

高杉さんの言ってる意味が分からなくて、難しすぎて頭が真っ白になった。


(110506)

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