クレイジー・ハイジンクス | ナノ



また子さんに泣きつかれて頼まれては断れるものも断れない。面倒くさいけど頼まれたなら引き受けなければ。渋々頷いてみせた時のまた子さんの喜びように、私は複雑な気持ちでそれを見ていた。

さて、その三日後。
麗らかな秋晴れのなか、襖の前をうろうろする不審な人物がいた。私だ。
一度高杉さんに勘当された手前とても入りづらい。これでまた来るなと言われれば、私の精神的ダメージは計り知れないだろう。そうなったらまた子はフルボッコだ。

そーっと襖を開けると、タイミングが良いと言うべきか悪いと言うべきか。ちょうど高杉さんがいつもの場所で三味線を奏でていた。
私が部屋に入ってきたのに気づいた高杉さんは一瞬動きを止め、また弾き続ける。私はいつも自分が座っている特等席に腰掛けると、高杉さんの三味線の調べに耳を傾けていた。

「……何か用か」

だから、突然そう声をかけられて多少驚いた。肩をびくりと震わせて高杉さんを見る。いつの間にか止んでいた三味線の調べと、高杉さんの視線に思わず俯く。なんて言ったら良いものか。

「いえ、あのですね……その、まっまた子さんが高杉さんの様子がおかしいと言って泣きついてきてですね」
「……」
「私もまあ多少心配したんですけど大人しい以外たいして変わったこともないみたいなので私は失礼します御免!」
「待て」
「ですよねー」

マジまた子フルボッコだ。そんなことを考えながら高杉さんを見ると、高杉さんは何か思案するように黙り込んでしまった。よく見れば目の下にはうっすら隈ができている。寝不足だろうか。
首を傾げて高杉さんを見ていると、高杉さんが何やら私を手招きするように手を動かした。もっと近くに寄れってことだろうか、と近寄る。すると次の瞬間、

「――うわっ!」

視界が歪んで体中に暖かくて軽い衝撃が走る。痛みを感じなかったのは、私が高杉さんの腕の中にいたからだ。つまりは抱きしめられている、ということだ。
途端に心拍数が跳ね上がる。高杉さんに特別な感情は抱いていないが、男性にこんなことされたことが少ないため、どうも反応してしまう。

高杉さんは私を抱きしめたまま、私の肩に顎を置いたまま動こうとしない。ちょっと気まずいぞ。

「……高杉さん?」
「なんだ」
「離してくれませんか」
「断る」
「えええ即答」
「――このまま、」

高杉さんは一度言葉を途切れさせると、私の肩に顔をうずめた。私を抱きしめる腕にも力が入る。

「このまま、このままあと少しだけ――」

初めての甘え、だった。私は高杉さんにされるがままになっていた。体温の低い暖かみが、ひどく心地良かった。



それからどれくらい経っただろうか。日はもう傾き始めている。高杉さんはあれから少しも動かない。寝てしまったのかと不安になった時、耳元で空気が震えた。

「そろそろ、扉が閉まる」
「とび、ら?」
「俺とお前を繋ぐ扉」
「……襖のこと?」

高杉さんが小さく頷いたのを確認して、私は背筋を凍らせた。
私たちを繋いでいた襖が閉じる。つまり、もうここには来られないというだろう。それを訊くのが怖くて、私は口を閉ざしたままだ。声を出せない、の方が正しいのかもしれない。
じっと押し黙っていると、不意に高杉さんがぽつりとこぼした。

「……お前が、“ここ”にいれば良かったのに」
「? 私はここにいますよ」

きょとんとして高杉さんの呟きに返すと、高杉さんはそうだな、とひどく泣きそうな顔をして笑った。
つらそうに無理して笑っているその笑みが、とても印象に残っている。


(110417)

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