「うーん……」
私は襖を前にかれこれ一時間近く悩んでいた。今日は久々の休みで、これまた久しぶりに高杉さんのところに行こうと思ったのだ。
しかし問題が発生した。この間のことだ。襖の向こうはただの息子の部屋で、高杉さんの部屋の形跡など一つもない。また開けてハズレだったらどうしよう、という考えが、私の襖を開けようとする行為をとどめていた。
しかし、こんなところでいつまでも突っ立っていても迷惑極まりない。不審にも程がある。私は意を決すると、ゆっくりと襖に手をかけた。
「こんにちはー……」
うっすらと見えたそこは、潮騒と風に乗って潮の香りが仄かに漂う高杉さんの部屋だった。少し安堵して胸を撫で下ろす。良かった、いつも通りじゃないか。もしかしたらこの間のあれは見間違いだったのかもしれない。
そう思っていた矢先、腕を思い切り引っ張られ、私は叫ぶ間もなく部屋に引きずり込まれてしまった。
「痛ったー……」
投げ捨てられるように床に倒れ込み、肩をしたたかに打った。誰だちくしょう、と片目を開けると、そこにはパンツ見えそうなくらい奇抜な服を身に纏う金髪女――つまり来島また子が立っていた。お前マジでパンツ見えるぞ。
「また子さんじゃありませんかー。どうしたんだい」
「どうしたもこうしたもないっス!ゆきおめーいつまで待たせる気だったんスかこのバカが!」
「えええ開口一番怒られた」
ショックだ。しかしまた子さんがこんなにも怒る意味が分からない。今まではけっこう仲良くできていたと思ったのに。私の思い違いだったんだろうか。
「ちげーよ話を聞け!」
「人の心を読むの止めて下さいよ。プライバシーっすよ」
「全部だだ漏れなんスよこのバカが!」
すごい蔑められようである。私はいつの間に彼女をこんなにも苛立たせるようなことをしたというのだろうか。
また子さんの気迫に圧されながらも話を聞くことにする。するとまた子さんは、途端に意気消沈してしまった。なんだこの喜怒哀楽の激しさ。
「何かあったんですか?」
「それが……晋助様の元気が全くないんス。ご飯もあまり手をつけないし、仕事だってろくにしなくなって……。ゆきが来なくなってから特に顕著に表れるようになったっス」
「はあ…」
「外ばかり見るようになったし、話しかけても全く聞いてくれなくて……。もうどうすれば良いか……万斉様は放っておけと言うんスけど、そんなの無理っス」
うっすらと涙を浮かべるまた子さんを見ながら、高杉さんてばなかなか部下に慕われてるなあと感心する。
けど私に相談されても困る。私だってこの部屋にきたのは久しい。どう助言しろと。
そんなことを考えあぐねていると、また子さんがいきなり私の手を握ってきた。何事かと驚いて彼女を見ると、また子さんは真剣な眼差しで私を見つめてくる。
「そこでゆきにお願いがあるっス」
「は、はあ…」
怖いよ顔が。引きつった笑いを浮かべながら頷くと、また子さんが口を開いた。
「ゆきから晋助様に何か一言、言って欲しいっス」
「……」
だから、私にどうしろと。
(110402)