クレイジー・ハイジンクス | ナノ



一体どうしたというのだろうか。そこは薄暗い息子の部屋で、まあそれは当たり前なのだが私が期待しているのとは全く違う。
いや、本来はこちらが正しいのだ。襖を開けた向こうに知らない世界が広がってるなんてありえない。でもそのありえないことが当たり前になっていたのだから、こんなに慌てるのは仕方ないというものだろう。

挙動不審になりつつ女将さんの部屋に向かう。女将さんは書類を片手になにやら難しい顔をしていた。

「女将さん」
「はいはい……あら、ゆきちゃん?どうしたの」
「あ、いえ、梅木さんが呼んでましたから。お話があるみたいで」

その途端、女将さんは朗らかな笑みを顔から消した。え、何、ちょっと。あまりの変化にうろたえていると、女将さんが手元の書類を片づけて私に座布団を進める。梅木さんは良いのだろうかと思いつつもそれに従うと、真剣な表情をした女将さんが私を見た。
――嫌な予感がする。

頬を引きつらせながらなんでしょう、と尋ねると、女将さんは憂いを含んだ笑みを浮かべた。どうしよう、本当に面倒くさい内容な気がしてならない。どうして女将さんはこんなに面倒な問題ばかり抱えているんだろうか。私は今あの襖のことで頭がいっぱいなのに。
急にいつもの部屋がなくなって、その理由なんて分からないし、高杉さんのことも気になる。彼は今どうしているだろうか。

「……ゆきちゃん?」
「え、あっ、はい。――なんですか?」
「ええ、あのね」

そこで一度言葉を切った女将さんは立ち止まると、ひたと私を見つめながら口を開いた。

「あの、私……ゆきちゃんに謝らないといけないのよ」
「へ?謝るって…」
「ええ、ゆきちゃんがここで働きたいと言ってきた時ね、たいしてお客様もいないし新しい子なんて必要ないと思っていたのだけど」

ああ、と女将さんに頭を下げた日のことを思い出す。

「あなたにはすごく失礼なことをしてしまったわ。――本当はね、ゆきちゃんがうちで働いてくれたら、息子も帰ってくるんじゃないかと」
「……は?」

思わず間抜けな声が漏れた。全く要領を得ない言葉に頭がついていかない。そんな私を見て女将さんが慌てて付け加えた。

「変な意味じゃないのよ。ただ、もしゆきちゃんと息子が結婚してくれたらな、なんて思ってしまって」

その言葉に私はようやく理解し、頷いた。どうりで上手く事が運びすぎていると思ったのだ。
つまり女将さんは私という餌で息子を誘き出し、上手くいけば結婚させて一件落着と。ひねくれた言い方だが、結局はそういうことだろう。

「道端であなたを見た時、この子だって思ったのよ。この子なら、息子のことも全て受け入れてくれる、と」

はは、と乾いた笑いを零す。正直、顔も知らない男と結婚するのはごめんだ。しかも放蕩息子ときた。理由あっての家出でも、親を大切にしないなんてもってのほかだった。
私は「そうですか」としか言えなくて、すまなそうにしている女将さんを促し再び歩き始めた。梅木さんのいる部屋まで来た時、他に仕事があるので、とその場を去ろうとする。すると、女将さんに呼び止められた。

「あの……ごめんなさいね。ゆきちゃんを利用するみたいなことしてしまって」
「大丈夫ですよ。気にしてませんから」

そう言って私は、一礼して踵を返した。
別に気にしてなんかいない。今私が気にしているのはただ一つ。襖のことだけだった。


(110325)

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -