クレイジー・ハイジンクス | ナノ



つまりはこうだろう。女将さんの息子というのは女将さん本人が腹を痛めて産んだ子ではなく、養子である、と。養子をもらった理由は恐らく自分に子ができなかったから。
私の推測を話すと、女将さんはこくりと頷いた。

「全部その通りよ。ゆきちゃんの言う通り」
「マジでか」

憶測で言っただけだったのに全部言い当てちゃったら女将さん説明する意味なくなちゃうよこれ。

「ゆきちゃんに全部当てられたから説明することないわねぇ」

ほらあああやっぱりいいい!
私はこんなにもKYだっただろうか。ちょっと自分で自分が嫌になった。
女将さんは柔らかく微笑むと中庭を見やる。

「昔はよくここで遊んだものだわ……」
「……」

誰が、なんて聞かなくても分かる。女将さんは中庭を眺めながら静かに続ける。

「私と夫は結婚してから一度も子供を授からなくてね、よく病院に通ってたの。それでも赤ちゃんはできなくて、悩んだものだわ」
「夫は子ができなくても構わない、二人で仲良く暮らせれば十分だって言ってくれたんだけど、やっぱり女としては好きな人の子を産みたいもの。なんとかして授かりたかったんだけど、子供は天からの授かりものだからなかなか難しくて。私も諦めるしかないのかしらって思ってたの」
「その時だったわ、養子縁組の話がきたのは」

そう言ってそっと笑う女将さんに、私は何も言えずに女将さんを見ていた。目の下にはうっすら隈が見える。

「私と夫はすぐにその話に乗ったわ。やってきたのは小さな男の子でね、まだ1歳になったばかりだったの。私たちは実の息子のように大切に育てたわ」

ちらりと庭に目をやる。ししおどしに小さな池、たくさんの草花。ここで息子は育ったのか。きっと今は片付けられているであろう玩具も、この庭に散乱していたのだろう。
ここで元気に遊ぶ息子、それを見守る女将さんと旦那さん。一体どんな気持ちで息子を見ていただろう。きっと幸せだったに違いない。一つの家族なのだ。例え血が繋がっていなくとも。

「息子も元気に育っていって、店の手伝いもしたりしたのよ。本当、家族思いの優しい子だったわ……」

もう少し空気が違えば、親バカだと軽い口調で言い合えるだろう。けど場合が場合だ。流石の私も口を閉じてしまった。

「いろいろあったけど全てが順調だったわ。…でもね、あの子が中学3年生の夏の頃。ちょうど受験に向けてピリピリしてた頃に夫が死んで、どういう経緯でかは知らないけれど知ってしまったのよ」

「自分が、私たちの子ではないということを」

思わず喉を鳴らした。息子はどうやって知ってしまったのだろうか。――いや、そんなことはどうでもいい。
真実を知ってしまった息子のことを考えると胸が痛んだ。心から信頼して愛していた親に裏切られるような絶望感。父、母と呼んでいた人間が赤の他人と知った時のショックは計り知れないだろう。どうして。そればかりが心を占める。泣き喚いて叫んで、疲れて眠ったその先にあるのは変わらない真実と虚無感。もうどうにもならないのだ。

「ある日、息子が私に訊いてきたの。なあ、俺は誰の子なんだって。何故だかため息が出てしまったわ。ああ、知られてしまった、もう隠せないって。でも息子のことだからきっと、全部調べてると思うの。そういう子ですもの。ため息をついた私を見た息子は、とうとう家を出て行ってしまったわ。きっと自分の勘違いだって信じたかったのね」

一度だけ女将さんと見た息子の部屋は、がらんどうとしていた。机や壁にうっすらと見える小さな傷。引っ掻き傷だろう。殴ったのか、へこんでいるところもあった。最後の望みを突き崩されてしまった彼の、悲痛な心の叫び。目頭が熱くなった。

「それから、一度も帰ってきてないわ……」

呟くように言った女将さんの、寂しそうな横顔。彼女の鼻を啜る音は、柔らかい風に掻き消されてしまった。


(110303)

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