クレイジー・ハイジンクス | ナノ



「――そんでここが〜……中庭です!」
「見りゃあ分かる」

さらりとしたツッコミありがとうございます高杉さん。私は仕事でもないのにこの広い旅館内をうろうろしてますよ他人の苦労を知りなさいあなたは。
しかし私のそんな心中など知る由もない高杉さんは、中庭に足を踏み入れどこかを見ていた。その後ろ姿がどことなく情緒溢れていて、声をかけるのを躊躇ってしまう。そんな時だ。

「あら、ゆきちゃん?」
「あ、女将さん……」

いつもの笑みを浮かべた女将さんがこちらを見ていた。けれどその笑顔に元気はない。息子が来られないのがそんなに残念なのだろうか。息子も息子だが女将さんも大概だ、失礼な話。

「どうしたんですか?」
「ちょっとここで一休みしようと思って」

そう言った女将さんの手には湯呑みと急須、お茶請けのお饅頭やお煎餅。しかしふと気がついた違和感に首を傾げると、眉を下げて女将さんが笑った。

「ここに来れば、ゆきちゃんがいる気がして」

その言葉に、ついはにかんでしまう。女将さんと一緒に縁側に座ると、私は二つの湯呑みにお茶を注いだ。
しばらくの間は互いにお茶を啜っていて、周りには小鳥のさえずりとししおどしのカポン、という音だけがあった。からっとした青空に紅葉がよく映えている。その心地良い沈黙を破ったのは、女将さんだった。

「今朝はごめんなさいね」
「いえ、女将さんにもそういうことはありますよ」
「そうなのだけど……」

女将さんはそう言ってから困ったように言葉を濁した。一体どうしたのだろうか。不思議に思って小首を傾げると、ようやく女将さんが口を開いた。

「あの、私の息子のことなんだけどね」
「? はい」
「みんなには言ってないんだけど、ゆきちゃんにだけは言っておこうと思って」

いやな予感がするのは気のせいだろうか、いや、違うだろう(反語)。私は顔をしかめてしまうのを我慢して、手にしていたお煎餅をかじる。隣に気配を感じて視線を寄越すと、いつの間にか高杉さんが座っていた。一瞬女将さんに見られているのでは、と肝を冷やしたが、そういえばと襖の法則(私命名)を思い出し胸を撫で下ろした。面倒くさい法則だ。ってあああそれ私の饅頭!
思わず絶句している私の前でこれ見よがしに饅頭を食べる高杉さんに、思わず歯軋りが零れる。何もないところに歯軋りをする私はさぞかし変なやつに見えただろう。「ゆきちゃん?」と控えめに尋ねてきた女将さんに慌てて返事をすると、後ろから忍び笑いが聞こえてきた。くそっ、平田よりむかつくかもしれない。

「私の息子ね、」
「はい」

そこで言葉を切った女将さんの悩ましげな表情に、ただ事ではないと肌で感じ取った私は居住まいを正して続きを待つ。いやな予感があっても、好奇心には勝てない。
やがて意を決したように女将さんが顔を上げ、私を見た。とうとうこの時がきた。

「本当はあの子、私が産んだ子ではないの」
「……」

これは本当に面倒くさいことになりそうだ。


(110210)
季節は秋だったりする

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