クレイジー・ハイジンクス | ナノ



こんにちはーと呑気に襖を開けると、そこには誰もいなかった。部屋はもぬけの殻で、部屋の主である高杉さんすらいない。珍しい。私がお邪魔すると必ずいるのに。また商談とやらだろうか。そう思いながら部屋へと進む。
必要最低限のものしかないこの部屋はなんだか物寂しく感じる。小さな机と少しの本。仕舞われていない三味線が窓際の壁に立てかけられているだけで、それしかない。本当に何もない。……まあ私の部屋に比べれば、の話だが。
だがしかし、部屋の主のいない今。今回は高杉さんの部屋でじっくりくつろぐことにしよう。

「……うお、綺麗な海」

開け放たれた窓から覗く海は絶景だった。水面が太陽の光に反射して光っている。今は航海の途中なのだろう。どこに向かっているんだろうか。
するとその時、襖の開く音がして私はびくりと肩を震わせた。振り返ると、そこには高杉さんがいる。声をかけようとして、私は口を噤んだ。今の高杉さんには私が見えていないのだ。
高杉さんは部屋に入るとまっすぐに窓際へと腰掛ける。私も高杉さんの邪魔にならないよう慌ててそこから退くと、襖近くに腰を下ろした。高杉さんは三味線を片手にちらりと鋭い視線をどこかに投げ、やがて弾き始めた。

ここに来て数日。いくつか分かってきたことがある。一つはさっき言ったように、私を認識するには私より先にこの部屋にいなければならないこと(現に、今の高杉さんは私を認識できていない)、一つは私の立てた物音や声も、認識できない人には聞こえないこと、あと時間のズレはないらしい。そしてもう一つは、認識されていない私を認識できるアクションは襖の開閉のみ、ということ。認識できるといっても姿は見えていないから、勝手に襖が開け閉めされているように見える、らしい。これはよく分からない。
まあ簡単に言えば、私を認識していない人たちは襖の開閉で私の存在を確認する、とかなんとか。高杉さんが言ってた。ていうか何回“認識”って単語使うんだ自分。

しばらく三味線の音を聴いていたのだが、ちらりと腕時計を見てぎょっとした。ここに来てから既に一時間経っている。急いで仕事に戻らなきゃ!と慌てて立ち上がる。一体どれだけリラックスしてたんだ自分。いくらなんでもくつろぎすぎだろう!自分を叱咤しながら襖に手をかけると、不意に高杉さんが声を発した。

「そこにいるんだろ?」

つい体が硬直してしまった。最近は高杉さんのすごさについて薄々感づいてはいたのだが、まさかここまでとは。どうして分かったのだろう。私は慌てて部屋から出ると、心臓を落ち着かせるために何度も深呼吸を繰り返した。
未だ激しく脈を打っている心臓を抱えながら、私は高杉さんのあの目を思い出して背筋を震わせる。普段そんなこと思ったことないのに、今日初めて思った。
――高杉さん怖い。


(110122)

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