クレイジー・ハイジンクス | ナノ



見慣れた襖を開けると、久しぶりに高杉さんを見た。先日から仕事の始まった私は何かと忙しくて、高杉さんの部屋を訪れる暇がなかった。仕事終わりだって、部屋に入ればすぐに寝てしまう。部屋が隣だというのに、実にもったいない(ちなみに、私の部屋は女将さんの気遣いで前のままだ。よく分からない気遣いである)。
そんでもって、高杉さんの部屋には客人がいた。ずいぶんと綺麗なオネエサンである。高級そうな着物をだらしなく着くずして高杉さんの首に巻きついていて、よく見れば高杉さんもオネエサンの上に覆い被さっている。そんな二人の視線が、今こちらに向けられていた。

「……お楽しみ中失礼しました」
「おい、」

高杉さんの弁明を聞かずに襖を閉める。……ていうか、うん、やばいところ見たんじゃないの自分んんん!もうめっちゃ恥ずかしい。穴がなかったら手榴弾使ってでも入りたい!そんな感じで襖の前で唸っていたら、近くを通りかかった女中さんにすごく心配されてしまった。
もう当分あの部屋にはいけないな。いま高杉さんに会ったら殺されそうだ。様子を見ることにして、高杉さんに会ったら即土下座しよう、うん。

***

それから三日経った。もう高杉さんも怒ってないだろうと恐る恐る襖を開ける。薄く開いた襖の先に、窓際に腰掛け煙管を吸った高杉さんの姿があった。その鋭い隻眼はじっとこちらを見ている。
……まだ怒ってるぅぅ!どうしよう早速土下座でもしちゃう感じなのこれ。いやでも怒ってるとも限らな……絶対怒ってるよアレェェェ!どうしようだってまさかお楽しみ中だとは思わなかったんだもんそれに相手の行動が分からないのも当然だもん私に罪はないはず――

「入れ」
「ごめんなさい今すぐ入ります」

そそくさと部屋に入る。高杉さんはそんな私を見ながらぷかぷかと煙管を吹かしていた。

「……」
「……」

こ、怖い……沈黙と刺さるような視線が怖い……。怖さのあまり手が小刻みに震えてきた。これは相当だぞ。きっとこの人は視線だけで人を殺せるに違いない。

「おい」
「ごめんなさいいいい!」
「……はあ?」

話しかけられると同時に素早く土下座する。高杉さんはぽかんと私を見ていた。しまいには「何言ってんだお前」とこぼす始末だ。え、あれ?

「高杉さん……私がこの間お楽しみ中にお邪魔したのに怒ってるんじゃないですか?」
「あァ、あれならやることやったから問題ねェ」
「さいですか……」

嬉しいんだか憎たらしいんだかよく分からない。なんだこの男。

「疑問に思ったんだが」
「はあ、」
「お前一度出ろ」
「はあ……はあ!?」

思わず叫ぶと、高杉さんがあからさまに舌打ちをした。面倒なのは分かるが、せめて説明をつけてほしい。そう呟くと高杉さんは本当に面倒そうに言った。

「仮定の裏付けだ。……おら、分かったら出ろ。十分後に来い」

要領を得ねーよ!とは言えなかった。ため息をついて仕方なく部屋を出る。なんかもうあの人いろいろ面倒だ。人使いが荒い。

「きっとみんなに嫌われるタイプだな、あれは」

そう小さく呟いて、私は襖を閉めた。

きっかり十分後、私は再び襖を開けた。するとそこには、初めて高杉さんに会った時に部屋にやってきた金髪のお姉さんがいた。そんなお姉さんがじっと私を見ている。そこで初めて、私は違和感に気づいた。

「……あれ?」
「アンタが晋助様の言ってた貧相な女っスか」
「おい失礼だなお前」

つい癪に障ってしまった。それより問題は、なんで私が見えるのかってことだ。初めて彼女がやって来た時、私の姿は見えなかったはずだ。思わず首を傾げると、高杉さんが「気づいたか」と紫煙を吐いた。私はぐるぐると渦巻く疑問を片手に高杉さんを見る。高杉さんはゆったりと壁にもたれながら煙管をくわえた。

「初めお前がここに来た時、俺はお前に刀を向けてた。だが来島にはお前が見えてなかった。なのにこの間は、部屋に連れ込んだ女もお前を認識できた。おかしいと思わねェか」
「はあ」
「そこで、だ。俺はある仮説を立てた」
「どんな?」
「今言うから黙ってろ」
「すんません」

ぎろりと睨まれ小さくなる。ちくしょう、ただ訊いただけじゃん。なんで睨まれなきゃいけないんだ。……おい来島なに笑ってんだお前。肩震えてんのバレバレなんだよバカヤロー。

「お前が襖を開ける直前にこの部屋にいれば、お前を認識することができる。逆に言えば、お前が入ってきてから誰かが部屋に入ってもお前を認識できねェ」

分かるか?と訊かれてなんとなく、と返すと、呆れたようなため息が聞こえてきた。いや、だってファンタジーすぎるんだもん。隣の来島さんは何がなんだか分からないようで、始終ぽかんとしていた。まあそうなっちゃうよね。


(120114)

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -