いつかの君に優しい世界で | ナノ
目隠しの眼下にて


頬がじんわりと暖かくなって、その暖かみで目が覚めた。カーテンの隙間からもれる朝日に目を細めて、ゆっくり起き上がる。小鳥のさえずりが心地良かった。
ベッドから立ち上がって足首の確認をする。ぐりぐりと回してみても痛みは感じない。完治したと言ってもいいだろう。

あのあとすぐに病院に向かうと、先生と同じ診断をされた。軽度の捻挫で全治2週間、無理な運動は控えること。
大人しくそれに従い、体育の授業は見学して登下校は自転車を使った。許可はされていなかったが歩いて行くには時間も体力もいるので仕方ない。自転車で登校し、学校付近になれば近くの茂みに隠して行くようにした。これが案外ばれないもので、足が完治しても自転車を使おうか迷ったほどだ。

寝巻きから制服に着替えると、リビングに降りて手早くお弁当と朝食の準備をする。基本的に母は昼まで帰ってこないので、朝食は私ひとり分だけだ。それが寂しいと思ったことはない。むしろ、そう思うのは止めた。思ってても無駄なのだ。これは小学校高学年のときに学んだ。
朝食を済ませて身支度を整えると、家を出る。日差しが強く感じて、もう夏が近いのかとひとりごちた。

夏が近いということは夏休みが近いということでもあり、また、期末テストという行事が間近に迫っているという事実でもある。
このあたりになると流石にまずいと感じたクラスメートたちは躍起になってノートを取り、テストで少しでも良い点を取ろうとし始める。そうすれば、日に日にクラス内での話題は高杉先生からテストについてや夏休みの過ごし方に移り変わっていった。
私たちは受験生だから、恐らく最後の夏休みは補習や面接練習に費やされるだろう。特に今の時期からは進学先を決めたり願書の手続きをしたりと、何かと忙しくなる。まあ私は就職するから、あまり学力にこだわることはないのだけど。

チャイムが鳴ってあたりが騒々しくなる。次は移動教室だから、授業に使う教科書やノートを準備して早々に教室を出た。他のひとたちはまだ教室でゆっくりしてから出て行くので、目的の教室に着けば静かな空間で読書ができる。あまり騒がしい空間には居たくなかった。
次の教室へ向かうために保健室の前を通ると、ちょうど高杉先生が部屋から出るところだったらしく、ばったり鉢合わせしてしまった。
一瞬だけ目が合って、無視しようかとも思ったのだがそれではあまりに失礼だ。ぎこちなく会釈をして先生の前を通り過ぎる。

「水野」

そのまま何事もなく行くつもりだったのに、先生の方から名前を呼ばれてしまった。呼び止められたのだから立ち止まるしかない。ついに諦めて振り返った。

「……はい」
「足、治ったか」
「ええ、おかげさまで」
「捻挫は癖になりやすいから気をつけろよ」
「はい」

私が頷くと、先生は白衣を翻して行ってしまった。
たったそれだけの会話なのに周りからすれば大変なことだったらしく、近くの通行人から驚きと好奇心の目で見られる。どうやら、先生は自分から生徒に話しかけることがないらしい。名前を呼ぶことすらないそうだ。

そんな内容が耳に入って、また小さくため息をつく。
周りのあの目にはもう慣れた。慣れたが、不快感が消えるということはない。ふつふつと湧きあがる苛々をなんとか飲み込んで、なるべく速い歩調で歩き始める。あの視線を振りほどきたかった。



13.10.30

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