いつかの君に優しい世界で | ナノ
首くくりの白昼夢


「お前、よくあんなこと平然と言えたな」

そんな声に顔を上げると、頬を緩めておかしそうに笑う先生と目が合った。笑うと言っても、口角を上げて喉を軽く震わせるくらいだ。それでも笑っている先生なんて珍しく(他の子が言うにも、先生が笑うことなんてないらしい)、思わずぽかんとしてしまった。

「……別に、都合のいいように言われるのが嫌だっただけです」
「クラス内で孤立するかも、とか考えなかったのか」
「もう既に孤立してますから」

素っ気なくそう言うと、先生の顔から笑みが消えた。途端にその場の空気が悪くなったような気がして、その悪い空気をごまかすように氷嚢を足首に当てなおす。
視界の端に先生が映っている。鋭い視線を投げかけられるものの、私は先生と目を合わせようとはしなかった。目を合わせてしまえば最後、すべてを知られてしまうと思った。これ以上、憐れみの目を向けて欲しくはなかった。

何も言わず、ただじっと私を見る先生の考えてることなんて容易に想像できる。きっと、何があったのかをなるべく自然に、相手を傷つけないように聞き出す方法でも考えているのだろう。
似たような状況に何度も身を置いていたので、今回もそう思った。そして、こんな空気になってしまったのならこっちから相手を安心させられる言葉をかけなければならない。そうすれば相手は安心するし、私も余計な苛立ちを抱えずにすむ。
だから、今回もいつものように相手が安心するような言葉をかけてあげようと口を開いた。

「……別にそこまで心配する必要なんてないですよ。もともと人付き合いが苦手で、こっちが相手を避けてるようなものなので」
「……」
「それでも必要に応じてはちゃんとグループに混じって話したりはしてますし、……まあさっきの子にはカチンときたからあんなこと言ってしまいましたけど……」
「……」
「でも平気ですよ。こんなことはしょっちゅうですし、相手も慣れてるみたいだし」

だから安心して下さい。その言葉は飲み込んだ。
こっそり先生を盗み見る。いつもなら、これくらい言えば先生だって簡単に丸め込める。だから今回もその自信があった。
しかし、先生は相変わらず私を見据えたまま何も言わない。先生と目が合ってしまい背筋が粟立った。慌てて目を逸らすが、寒気はなかなか消えてはくれなかった。

よく分からない焦燥感に駆られて、なんとか次に言う科白を考える。早く言わなければ、こちらが飲み込まれそうだった。
とりあえずなんでもいいから、と開いた唇は、言葉を発する前に先生によってまた閉じられた。

「なんか勘違いしてるみてェだが、俺ァ別にお前のそんなことを気にしてるわけじゃねえよ」
「は──」
「だからそんなに嘘吐いたり焦って取り繕う必要ねえだろ」
「なん、」
「お前は嘘が下手だな」

そう言って先生は不適に笑った。そんな、と私は絶句する。今まであの手口に引っかからない人なんていなかった。みんな納得してくれた。上手くやってる自信もあった。それなのに、どうしてばれたのだろうか。これじゃあ、もし何かあったときにごまかせない。
悔しくて拳を強く握る。白くなるまで握って、目の前の先生の視線に気圧されそうになった瞬間に授業が終わるチャイムが鳴った。チャイムが鳴った途端に先生の視線がほどけて気が楽になる。

「2日は冷やして安静にすること。全治2週間ぐらいだろうけど、一応病院にも行っておけよ」
「……はい」

先生はデスクの書類をまとめながらそう言って、それきり黙り込んだ。私も用事が済んだので保健室から出て行く。

「──水野」

ひょこひょこと片足に重心を置くように歩きながら廊下に出ようとしたとき、不意に名前を呼ばれ振り返った。
用事もなかったはずなので呼び止められたことに首を傾げる。何より驚いたのが、先生が名乗ってすらいない私の名前を知っていたことだ。

「……なんですか?」

怪訝な顔になっていないか心配だったが、とりあえず呼び止められたわけを訊く。先生は視線を私の足に向けながら続けた。

「家までは歩いて帰られる距離じゃねえだろう。担任に話はつけとくから、送ってもらえよ」
「……分かってます」

目を合わせずに頷いて、静かにドアを閉めた。私がドアを閉めて先生に背を向けるまでの間、鋭い心配はずっと私に突き刺さっていた。



13.10.26

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