いつかの君に優しい世界で | ナノ
知能犯な墓荒らし


それから先生は、断固拒否する私を無理やり車に押し込むと、本当に家まで送ってくれた。家の場所は生徒名簿から調べたらしい。
正直、家の前に車を停めることだけは本当に止めて欲しかったのでそれを先生に伝えると、先生は何も言わずに頷いて家の少し前で車を停めてくれた。

「あの……ありがとうございます」

車から降りて頭を下げる。家まではあと数百メートルというところで、ここからだと小さく家の屋根が見える。先生は本当にここで降りて大丈夫なのかと訊いてきたが、私は平気だからと半ば無理やり先生を納得させた。
頭を下げる私に先生は「ああ」とだけ言って車を発進させようとする。慌てて車から離れると、それを確認した先生がゆっくりとアクセルを踏み込んだ。

──かと思ったのだが。

「……ああ、ひとつ言い忘れてた」

発進しようとした途端、ふと何かを思い出したように再び留まる先生。どうしたのだろうかと首を傾げる私に、先生は窓から無造作に何かを放り投げた。慌てふためきつつもそれを受け取る。少し薄っぺらく、柔らかい感触がした。なんだろうかと見ると、手のひらにあったのは数枚の湿布が入った小さな袋だった。

「患部はなるべくすぐに冷やせ。それから、あまり長湯はするなよ。こまめに湿布を張り替えてりゃァ、だいぶ良くなるだろ」

先生がなんと言わんとしているのかが分かって、血の気が引いた。そんな、どうして分かったんだ。
目を見開いて先生を見る。あまりの衝撃に唇が震えてうまく言葉を発せない。

「な、なん……いつ、」
「お前が起きたときにな、ボタン外してはだけたシャツから少し」

先生が自分の左鎖骨下から肩にかけての範囲を指差す。思わず唇を噛んだ。
確かに寝ているとき、寝苦しくないようにとボタンをいくつか外した。だけど起きたときでも横になっているときでも、見られないようにちゃんと細心の注意を払っていたし見られていないだろうという自信もあったのだ。それなのに、見られてたなんて。

「まァ見えたっつっても鎖骨辺りだけだったけどな。けどその様子じゃ、やっぱり肩にもあったか」
「……っ」

なるほど、肩のところは鎌をかけたのか。そして私は見事にそれに引っかかったというわけだ。悔しくてつい手のなかの湿布を握りしめる。
どくどくと、心臓がいやな高鳴りをしているのが自分でも分かった。先生は続ける。

「多分、痣はそれだけじゃねえだろう。比較的最近できたものなら早めに冷やしとけよ」
「……あの」
「誰にも言わねえから安心しろ」

じゃあな、とそれだけ言って、先生は行ってしまった。車の後ろ姿をぼんやりと見つめながら近くの電柱に体を預ける。今の私の頭の中を占めるのは、どうして、という四文字だけだった。
どうして分かったんだ。ちゃんと見られないようにしていたのに。しかも問い詰めたりもしないでただ「患部を冷やせ」と言うばかり。普通なら、あの痣はどうしたのかだの何があったのかだの訊いてくるはずだ。それさえしないなんて、なんだか怖くなる。すべてを見透かされていて、それを分かっていての行動みたいだった。

電柱に預けた体がぶるぶると震えている。それが、先生が怖いからなのか、はたまた違う理由でなのかは分からないが、何かに怯えているのだけは分かった。
何も詮索してこない先生が怖い、あのひとが怖い、あのひとも怖い。
そうなるとみんなが恐怖の対象に思えてきて、なんだか無性に泣きたくなった。

「……とにかく、早く家に帰らなきゃ……」

震える足をなんとかなだめて立ち上がる。家まであともう少しだ、それまで頑張れ。家についたらすぐにお風呂に入ってご飯を食べて、部屋に戻って鍵をかけて寝て、そうすれば落ち着く。だから早く帰らなきゃいけない。
こみ上げてくる涙を必死に引っ込めて歩く。今まで何度も見上げてきた家は、今まで以上に大きく、恐ろしく見えた。



13.10.04

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