いつかの君に優しい世界で | ナノ
不誠実な網膜


「っ、あー……」

机に突っ伏して唸る。
今日も今日とて学校内での話題は例の養護教諭、高杉先生についてだ。先生の苦労がしのばれる。

「うーん……」

おかしい、いつもならこんなに痛くなることなんてない。痛んだとしても下腹部への小さな違和感くらいだ。こんなふうに動けなくなるなんてこと、今まで一度もなかった。
時間は昼時。あと3時間もすれば帰れるが、この痛みに耐えられる自信は正直ない。保健室に行こうかとも思ったが、まだ我慢できる範囲なのではないかという無意味な意地が芽生えしまって、なかなか素直に行くことができない。まあ、それもちょっとした原因があるのだけれども。

***

それからようやく昼休みになり、入らない胃袋になんとかお昼ご飯を詰め込んで薬を飲んだ。しかし、しばらくすれば治まるかと思った痛みは一向に引く気配がない。
もう限界だ。保健室に行こう。そう思って席を立つ。周りの人たちが何やら私を見てこそこそと話していたが、そんなのどうでも良かった。

「失礼します──あれ」

お腹を抱えて訪れた保健室には、誰もいなかった。先生は出かけたのだろうか。辺りを見渡しても人の気配はない。普段なら賑わうここも、先生が替わってからはおそろしく静かだ。内装もひどくシンプルで、余計なものがない。きっと先生はこういう性格なんだろうなと思わせるような室内だった。

「……ここで何してやがる」

不意に背後から声をかけられて飛び退くように振り返る。そこに立っていたのは、白衣を身に纏った高杉先生だった。
先生は睨むように私を見ていたが、やがて視線を逸らすと私の横を通って自分のデスクにもたれかかった。

「……で、なんの用だ」
「あ……あの、お腹痛くて」
「胃か?下っ腹か?」
「ええと、その」

女の子の日のせいです、とは言いづらくて口ごもると、私の態度でなんとなく察したらしい先生は近くの椅子に座るように指示する。大人しくそれに従うと先生も隣に腰掛けた。
それから先生は、眼底を覗いたり手首を握って脈を計ったりしていた。他の生徒ならあの先生に触れられてる!なんて思うのだろうけど、痛みでそんなことすら考えられない私はただひたすら痛みに耐えながら、じっと先生を見つめていた。目を閉じて脈を計る先生の睫毛が長いな、なんてぼんやり考えながら。

しばらくすると先生は棚を漁りながら「横になれ」とだけ言った。一瞬ぽかんとしてから慌てて頷く。
寝苦しくならないように上着は脱いでおけと言われそれに従うと、今度は湯たんぽを渡された。

「スカートはいいのか」
「え、いや、流石にそれは……」
「そのままだと寝づれえぞ。下に短パン履いてねえのか?」
「履いてますけど」
「なら問題ないだろ」
「いやいや、そうじゃなくて」

必死に拒否する私としぶとく食い下がる先生。先生はあくまで私が寝苦しくないようにと提案しているのだろうが、その気遣いさえ私からすれば要らぬ世話だった。
だんだん苛ついてきたらしい先生の小さな舌打ちが聞こえる。このまま怒られるのだけは勘弁願いたい。

「かっ……カーテン閉めてくれたら脱ぎますから」
「当たり前だろそんなとこまで見られるか」
「じゃあ閉めて下さい」
「……ちっ」

私に聞こえるくらいの大きさで舌打ちをして、先生がカーテンを勢い良く閉めた。ため息とともに足音が遠くなっていく。
それを確認してほっと息をついた。素早くスカートを脱いで畳むと、素早くベッドにもぐり込む。お腹に当てた湯たんぽが暖かい。

痛みは一向に治まらないものの、ベッドに入れば次第にとろとろとした眠気が襲ってくる。その眠気に身を任せて瞼を閉じると、カーテンの向こうから作業をしているような物音が聞こえてきた。
心地よい物音が次第に眠気を強くさせる。その音に耳を傾けながら、私は引きずり込まれるような睡魔に身を任せた。



13.09.25

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